そこで、思い出した映画がこちらです。
LACOMBE LUCIEN (邦題『ルシアンの青春』)
1974年 フランス=イタリア=西ドイツ
監督:ルイ・マル
脚本:ルイ・マル、パトリック・モディアノ
撮影:トニーノ・デッリ・コッリ
音楽:ジャンゴ・ラインハルト
編集:シュザンヌ・バロン
冒頭シーンで「1944年6月、フランス南東部で」と字幕があります。
1944年6月6日に開始されたノルマンディー上陸作戦のころが舞台だとわかります
(つまり、同年8月の連合軍によるパリ解放まであと2か月ほど、という時期です。)。
1940年ナチスドイツに敗戦したフランスはドイツに占領されて共和派は自滅し、
第一次大戦の英雄である軍人ペタンを中心とする政権がフランス南部の都市ヴィシーに成立し、対独協力政策を行っていました。
映画の冒頭、主人公の少年リュシアンは、養老院で清掃員の仕事をしており、病室の老人のベッドにはペタンの写真が飾られています。
看護師たちは、ソ連を非難するラジオ放送を聞いています。
第二次大戦時の占領下のフランス南部の生活がうかがえます。
リュシアンは休暇で農村の自宅に戻りますが、父は戦争の捕虜となり不在、母は地主の愛人になっていて(おそらく生活のため。リュシアンの養老院からの収入は微々たるもの。)、リュシアンの居場所はありません。その地主の息子は対独レジスタンスとして地下で活動しています。
南仏ののどかな農村にも戦争の影響が濃厚に漂っています。
はじめ、リュシアンは、レジスタンス(フランスの対独抵抗組織)に加わりたかった。
でも、偶然に偶然が重なって、ドイツ警察のコラボ(フランスの対独協力組織)の一員となってしまうのです。
リュシアンはコラボとして、山中でmaquis(マキ;対独レジスタンス組織)と撃ち合いをしたり、レジスタンスの医師の邸宅を襲撃したり、コラボとしての活動にズブズブに染まっていきます。
そんなとき、リュシアンは、パリから逃げてきたユダヤ人一家(祖母・父・孫娘)と出会い交流が始まる、そして・・・、というストーリーです。
リュシアンは、いわば、田舎の「普通の」少年であって、コラボとして働いたことは特に強い政治的信条に基づいたものではない。一方、彼が当初レジスタンスに加わりたい、と言っていたのも、リュシアンが慕う学校の先生の影響でこれまた特に愛国心や正義感によるものではなかったと私は思います。
要するに、リュシアンは、ただただ「一般の」若者で、ゲシュタポに加担してしまったキッカケは、単に偶然が重なっただけだった。
この異常な状況下でリュシアンと同様には絶対にならないと誰もが言い切れるだろうか、リュシアンのように一線を越えてしまわないためにはどうすればよいのだろうか、と自問してしまいます。
もしも当時のドイツ占領下のフランスに興味があれば、この映画を、ぜひおすすめしたいです。

