課題は解決されないでいると
繰り返し見せられる
と、自分を振り返っても
身近な他人を見ていても
心底思う、この1年間。
ポリヴェーガル理論でいうところの
"誤ったニューロセプション"
"まやかしの安心安全"
は実在するんだなぁ。
〇〇では解決も癒すこともできないんだなぁ。
自分の欠乏感や向き合えなさを埋めようとしても、叶わない。その瞬間の"まやかし"だったり、目を背けるための…だったり、撒き餌にひっかかるパターンが多い。
〇〇ばかりの思考と行動に溺れるのは「こんな自分スゲー」になりやすいんだなぁ。自戒。
分かりやすく承認欲求が満たされる風、の危うさたるや。
"依存"や"執着"って気付きにくい。
わたしはしばらく
「自分自身を大切にする」
という課題に向き合っているように思う
相手の機嫌を取るために
嫌なことでも受け入れる
ニコニコする
波風立てないために黙っている
そうしてばかりきたことに気付く。
それで丸く収めているつもりだった。
自分の尊厳を守るために
支配もコントロールもされないために
線を引かなければならない。
境界線や、距離感を
自分で選んでいく。自分で安心を獲得する。
徹底的に、わたしはいま
この課題をやっている。
恩知らずだとか
冷たいだとか
そういう言葉に
コントロールされまい。
無自覚だろうが
意図的な保身だろうが
どれだけ"立派に見える人" "人気者" "せんせい・せんぱい" "有名人" "熱狂的ファンがいる人"であっても
意地の悪いことをする人に
わたしの心の、人生の、
ハンドルを握らせない
わたしはまた一つ
強く優しくなるのです☀︎
子ども達にも
自分を大切にして欲しいから
まずは背中で見せたいのです☀︎