ある日の夕方、小父さんと小母さんは二人で外出した。

どうも結婚記念日らしい。外食をして少し遅くなるとの話だった。

夕食のおかずは既に作ってあったので、暖めて、ご飯を炊くだけで済んだ。

ちなみにそのどちらもオレがやった。そして今は食器を並べている。もちろん自分の分だけではなく、綾の分もだ。

用意をしていると呼ばれることもなく綾がやってきた。相変わらず会話はない。

仕方ないことだが、二人きりで無言のままというのはどうも居心地が悪い。

だが話しかけるよりもその場の空気に耐える方をとったオレはご飯と味噌汁を二人分よそい、半分を綾の前に置いた。

オレが小さく「いただきます」と言い食べ始めたのを見て、綾もつられるようにご飯を口に運んだ。

もちろん小父さんと小母さんはいない。ということでオレはいつもは小父さんの定位置に座っている。向かいの方が距離が遠いので良いかな、と無意識に選んだ場所だった。

だが、それは間違いだったようだ。なぜなら、さっきから真正面の綾がオレを見つめている。それも今にも泣き出しそうな目で。

『…何かやらかしちまったかな』心の中で呟き、これまでの行動を思い返してみる。

だが、思い当たる節はまったくなかった。いつも通り、相互不可侵の態度をとれていたはずだ。

そんな事をとめどなく考えていると、綾は予想外の言葉をオレに投げかけてきた。

「…なんでいっつも怒ってるの?」

オレはその内容はともかく、話しかけてきたという事自体が驚きであった。

話しかけられて答えないのは不躾なので、なるべく簡素に答える。

「そんなことないよ」

ボソッと言ったオレに、綾は少し驚いたような顔をしている。

向こうも言葉を返されるとは思っていなかったのだろうか?…自分から話しかけておいて。

そう考えると無性に面白く思えて、つい吹き出してしまった。

そんなオレを見て綾は不思議そうな顔をしている。そりゃ誰だっていきなり笑い出されたらそうなるだろう。

落ち着いたところで、オレは会話を試みた。

「なんで怒ってるなんて思ってたの?」

ごくごく普通に思ったことを投げかけた。

「だっていっつも目がキッてしてるんだもん…」

物怖じしているのだろうか、あまりはきはきしていないが、ちゃんと答えてくれた。

「そんなつもりないんだけどなぁ…?そうゆう顔つきなだけで、怒ってるとかじゃないよ」

思ったままを言うと綾は安心したように「そうなんだぁ…お父さんたちに無理やり連れてこられて怒ってるんだと思ってたよぉ」と言った。

オレは少し申し訳ない気分に苛まれた。オレの態度はお互いの平穏を保つためだと思っていたが、そんな事はなく、それどころか綾にそんな心配をかけていたのだから。

「ごめんな…その、とにかく、ごめん」

なんて言えばわからず、オレはただただ謝った。

「そ、そんな!何も悪いことなんかしてないでしょ?」

慌てて言葉を返してくる。どうやら許してくれるようだ。

「あはは、そっか、そうだよね」

なんとなく笑った。交わす言葉が暖かくて、なんだか嬉しくなって。

それからオレ達はゆっくりとご飯を食べながら話続けた。

今まで住んできた家での厄介者としての自分ではなく、初めて、家族として。

『ここならいてもいいんだ、ここなら家族になれるんだ…』

そんな事を思いながら、夜は更けていった。

そんな生活が二週間ほど続いた。

小父さんと小母さんは、綾とオレに分け隔てなく接してくれた。

だが相変わらずオレ自身の態度は改まってはいなかった。

義妹という位置づけの綾には…まぁ簡単に言うと避けられていた。というか、お互い避けていた。

小学校への登校はわざわざ時間を早め一人で行っていたし、テレビを見ていて両方が揃うとどちらかが自室に戻っていった。というかまともに会話をした記憶もなかった。

小父さんと小母さんはそんなオレ達を仲良くさせようと尽力していたが、それが実ることもなかった。

居候の身だから、なるべく迷惑をかけないよう、綾にオレが親を横取りしているなんて思われないよう、なるべく接触を避けた。

オレはそれで良かった。やがて流れる身、心を置く必要なかったと思っていたから。

だがそんな自分だけの理屈が通じたのはそれまでだった。

そしてオレは小父さんの向かいの椅子へ座った。

すると、間もなくオレとさほど歳が違わない女の子がダイニングへやってきた。おそらく話に聞いていた一人娘だろう。

小父さんが「綾、おはよう」と柔らかに言った。

なるほど、名前は「綾」というらしい。

だが、その綾という女の子は怒っているような、拗ねているような顔でオレを睨んで(?)いた。

それにオレが戸惑っていると、その様子に気づいた小母さんが思い出したように囁いてきた。

「そこは綾がずっと座ってるところだから隣に移ってもらっていいかな?」

その顔には少し申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。

そんな些細なことはまったく気にもならなかったので、そそくさと隣に移った。

すると女の子はしぶしぶ…というべきだろうか、そんな様子でオレがいた場所に座った。

少しの時間を置いて、小母さんが朝食をテーブルに並べ始めた。卵焼き、焼き魚、サラダ、味噌汁、ご飯…ごく一般的な朝食を具現化したようなメニューである。

特に話すこともないので黙々と食べていると、横から視線を感じた。自分も視線を返すと、俯いてしまう。どうも嫌われているようだ。突然幸せな家庭によそ者がやってきたのだから、当然の感情だろう。だから気にもせず朝食を平らげ、早々に自分の部屋へと退散した。