Rael Maitreya

 

Nobby Raelian訳

 

「私たちは荒涼とした無人の土地にやって来て、開拓者精神によって砂漠に花を咲かせ、追放された私たちの民のために、繁栄する民主的な安住の地を築いたのです。」

~ ゴルダ・メイア/イスラエル第4代首相

 

---

「そこに無人の砂漠などありませんでした。あなたたちは、繁栄していた500以上の先住民の村々をブルドーザーで破壊し、そのアラビア語の地名を地図から消し去り、その歴史を新たに植えた松の木々の下に埋めたのです。」

~ エドワード・サイード

  パレスチナ系アメリカ人の文学・文化批評家、思想家、コロンビア大学教授

 

=====

エドワード・サイードと、決して無人の砂漠ではなかったパレスチナ

エドワード・サイードは1935年11月1日、パレスチナのエルサレムで生まれました。

彼は、イスラエル国家の建国を正当化するために用いられてきた虚偽の歴史叙述を解体することに、その活動を捧げました。

最初のアリーヤーが始まる以前、ユダヤ人は人口のわずか3%ほどを占めるにすぎませんでした。

パレスチナは無人の砂漠ではありませんでした。そこはオスマン帝国の繁栄した地域であり、銀行や産業が存在し、農産物の輸出はイタリアに匹敵するほどでした。

そこがまさに繁栄した土地だったからこそ、人口は内部から自然に増加していったのです。

現在ガザ地区やヨルダン川西岸地区に暮らす人々の多くは、現在イスラエルを構成している土地から追放された家族の子孫です。

 

https://www.facebook.com/photo/?fbid=122144788143038531&set=a.122095565433038531