Rael Maitreya
Nobby Raelian動画訳
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イエスはキリスト教を創始しなかった〉
私は何年もの間、教会に通いながら、
「どうしてもこれを受け入れることができない自分には、何か問題があるのではないか」
と思い込んでいました。
しかし、実際には私には何の問題もありませんでした。
壊れていたのは、その枠組みのほうだったのです。
キリスト教は、イエス自身の宗教ではありません。
イエスについての宗教です。
この二つには、非常に大きな違いがあります。
~ ケイトリン・パイル
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Caitlin Pyle
キリスト教は、イエス自身の宗教ではありません。
イエスについての宗教です。
イエスが処刑されたのは、彼の教えが当時の権力構造を揺るがしたからです。
宗教的なヒエラルキーや、ローマの政治体制です。
イエスはその両方にとって直接的な脅威でした。
だから彼らは、イエスを排除したのです。
磔刑とは、従うことを拒んだ、力を持ち、目覚めた人物に対して、体制が下した答えだったのです。
そして、「イエスは神の怒りを鎮めるために死んだ」という考え方があります。
神学者が「代償的贖罪」と呼ぶものです。
しかし、これはイエス自身が語ったものではありません。一度もありません。
どの福音書にもありません。まったくないのです。
それは後になって、イエス自身が対立していたのと同じ制度によって付け加えられた、神学的な上塗りなのです。
非常に明確な意図を持った人々が、使徒パウロなどの書簡から都合のよいものを選び出し、それらを特別なものとして持ち上げて「聖なるもの」だと宣言しました。
その一方で、別の文書は「異端」とされました。そして、ここで私が何度も言ってきたこと、これからも言い続けることに行き着きます。
キリスト教という宗教そのものが、作り上げられたものなのです。
多くのキリスト教徒は、ローブを着た大勢の男たちによって「聖書」と名づけられた、その文書集の中に、人々が文字どおり共謀してイエスを殺そうとした場面があることを、そのまま読み飛ばしてしまいます。神は、私たちの負債を支払わせるために、イエスを死なせる必要などありませんでした。そこに秘密の神聖な計画などなかったのです。申し訳ありませんが、なかったのです。イエスが殺されたのは、権力を持つ人々にとって危険な存在だったからです。それだけです。
では、イエスが生きている間に、実際に何を教えていたのでしょうか?
彼が教えていたのは、「神の国」、つまり天国は、死後に与えられる遠い世界の報酬ではないということです。それは、あなたの内にあります。ここにあるのです。今、この瞬間にあります。上のほうにあるのではありません。どこか別の場所にあるのでもありません。死んだあとに、何かを成し遂げた見返りとして手に入れるものでもありません。そこへ至るために、教会も、司祭も、血の犠牲も必要ありません。それは、すでにあなたの内側にあるのです。
赦しに血が必要だったことなど、一度もありません。死が必要だったこともありません。この話全体が、どう考えても辻褄が合わないのです。
そして私は何年もの間、教会に座りながら、「なぜ自分はどうしてもこれを受け入れられないのだろう」と考え続けていました。「自分には何か問題があるのではないか」と思っていたのです。しかし、実際には私には何の問題もありませんでした。この話全体が、ただ作り上げられたものだったのです。
英語の短い動画
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