私たちは10分ごとに変わります
2025年5月18日 沖縄での日曜日の集いでの
マイトレーヤ・ラエルのお話です。
とても大切な質問があります。
皆さんは幸せですか? ……(はい!)
OK!ではさようなら!(笑)
そうです! 私たちはエロヒムにとっての夢です。
彼らは私たちを、自分たちの姿に似せて創造して下さいました。
それは外見だけでなく、内面もです。
鏡を見たとき、私たちはそれを感じます。
「ああ、私の体はエロヒムの体と同じだ」と。
しかし、内側もそうなのです。
エロヒムにも、私たちと同じように鼓動する心臓があります。
肝臓も、腎臓も、骨も、とても重要な性器もあります……すべてです。
忘れないでください……聖書には「エロヒムの息子たちは、人間の娘たちがとても美しいことに気づいた」と書かれています。明らかです!
つまり、エロヒムの息子たちが地球にいて、地球の美しい女性たちを見つめていたとき、エロヒムのペニスは勃起したのです。それは事実であり、そう書かれているわけです。そして、彼らは一緒に子供をもうけました。ですから、私たちは欲望においてさえ、本当に彼らの姿に似せて創られているのです。
食べ物を楽しんでいるとき、あなたはエロヒムの姿に似ています。
自慰をするときも、あなたはエロヒムの姿に似ています。
単に外見だけを見て、「ああ、私はエロヒムに似ている」ということではありません。
そうではなく、内面も同じです。
あなたがトイレに行くように、彼らもトイレに行きます。
ですから、エロヒムの姿に似ているということは、身体的なことであり、それが現実です。単なるイメージではなく、身体的な現実なのです。
それを自分の体で感じることが大切です。
自分の心臓が鼓動しているのを感じてください。
エロヒムの心臓も同じように鼓動しています。
時には落ち込むこともあり、時には幸せを感じることもあります。
彼らも同じです。私たちは、あらゆる面で彼らの姿に似せて創られているのです。
「えぇ、でもマイトレーヤ、本来の自分でいるということは、いつも幸せでいるべきだということじゃないのでしょうか?」
幸せというのは、宇宙のあらゆるものと同じです。
完全に平らな海などありません。
そこには波があり、私たちは、浜辺で聞くその波の音が大好きです。
(脳を指し示しながら)ここも同じです。
とてもネガティブになって落ち込んでいるとき、
それは台風が通り過ぎているようなものです。通り過ぎるに任せましょう!
沖縄は、台風の数では世界一の国ですが、それでも美しい島です。
そして台風が来るたびに、みんなパニックになります。
しかし、私たちはこうしてここにいます。
私は沖縄に14年間いますが、おそらく20回ほど台風がありました。
それでも、私たちはこうしてここにいます。
それも人生の一部です。昼と夜があるように、人生はコントラストによって成り立っているのです。
ご存じのように、心臓は鼓動しています。一定の血流を保つ心臓を実現するテクノロジーもあり、技術的には可能です。しかし、心臓は鼓動しています。
つまり、一瞬止まるわけです。
一つひとつの鼓動の間には、「何もしない」状態があります。
私の人生では、心臓が長く止まりすぎたことが何度かありました。
まさにここで……この大きな仏像の前でした。
ある日、散歩に出かけたのですが、7歳の少年のように速く歩きすぎたのです……なぜなら、自分の心の中では私は7歳だからです……しかし、体は78歳です。
そして、浜辺から戻ってきたとき、この仏像の前で、私の心臓が止まりました。
昨年の夏は、心臓が止まり、私は芝生の上に倒れました。そして再び動き始めました。だから今はここにいれるわけです。
しかし、心臓が止まったのです。心臓はいつでも止まる可能性があります。それが生と死です。ある日、心臓が止まり、もう再び動き始めなくなります。私たちはそれを「死」と呼びます。覚悟しておいてください! 一回一回の鼓動を楽しんでください。
皆さんが安心できるように、少しお話ししましょう。
私の人生では、心臓が止まったことが何度かありますが、まったく痛みはありませんでした。私は芝生の上にいて、家に入ろうとしていました。
すると突然、何も見えなくなり、何も聞こえなくなって、額から倒れたのです。
まったく痛みはありませんでした。
実際、とても心地よい瞬間でした。心地よかったのです。
残念ながら、また動き始めました。なぜなら、「ああ、私は行くんだ」と思ったからです。
違いました! ああ、またもっと速く歩かなければなりません。でも、心臓発作でとても強い痛みを感じる人がいることは知っています。私の心臓が止まったときには、まったく痛みはありませんでした。
私たちは苦しむ必要はありません。必要なのは喜びです。
心地よかったとさえ言えます。驚くことですが、私はそれを楽しみました。その後、額に残った跡は楽しめませんでした……1週間ほど、額が赤くなっていました。しかし、心臓が止まったときには、「ああ、私は戻って行く」というような感覚がありました。何かが終わるのではなく、何かが始まるような感覚です。とても良い感覚でした!
すべてがここにあるような感覚です。でも、それが起こるとき……それは必ず起こるものですが……このことを思い出してください。恐怖でいっぱいになって、「うわあ、何が起きているんだ?」と思いながら死ぬこともできれば、喜びでいっぱいになって、「エロヒムよ、今そちらへ行きます! 無限よ、私はあなたの一部です」と思いながら死ぬこともできるのです。それは美しいことです。
そして、最後にもう一つお話ししたいことがあります。
今週、ある科学的な研究、科学的な調査が発表されたのですが、私たちは10分ごとに違う存在になっているそうです。私たちは変化しているのです。
私たちは5年後、7年後に変わると思っていますが、そうではありません。
10分ごとに変わっているのです!
皆さんは今朝、このコンタクトに来ました。
私は少し話しました……少しどころか、話しすぎましたが……そのことで皆さんを変えました。一つひとつの言葉が皆さんを変え、一つひとつの沈黙も皆さんを変えます。
今とても流行しているものがあります……馬鹿げていますが、流行しています。そして、流行しているものはいつだって馬鹿げています……それは、インターネット上の「インフルエンサー」です。
すごいですね! つまり、インターネット上にはインフルエンサーと呼ばれる人たちがいるわけです。しかし、そんなものは本当に馬鹿げています!
私たちは誰もがインフルエンサーなのです。
集まりに行けば、あなたは他の人たちに影響を与えます。
たとえ黙っていても、あなたの沈黙が他の人たちに影響を与えます。
沈黙こそが、最も強力な影響力を持つのです。
私の言葉を覚えておいてください。「哲学者が1時間話すことよりも、一人のブッダの沈黙の中にこそ、より多くの教えがある」
そして、沈默にはもう一つ利点があります。
皆さんが気分よくいられるためのちょっとしたコツですが、黙っていれば、確実に天才のように見えます。確実に天才に見えるのです。口を開いた瞬間、すべてが変わるかもしれませんが……。この沈黙を楽しんでください!
そして、私が長年教えてきたもう一つの言葉があります。
「沈黙よりも美しいことが言える時だけ、口を開きなさい」というものです。
しかし、沈黙よりも美しいことを言うのは、とても難しいものです。
本当に難しいです!
それは言葉でも、音楽でも同じです。ピアノの前に座っているとき、あなたはモーツァルトであり、ベートーヴェンです。最高の音楽家なのです。しかし、鍵盤に触れた瞬間、あらら……そのとき本当の実力が見えてしまいます。真っ白な紙を前にしているとき、あなたはゴッホであり、ピカソです。最高の画家なのです。しかし、何かを描き始めた瞬間、あらら……もうおしまいです!
これは何事にも当てはまることです。
私は最高の画家たちの一人が大好きですし、その絵も大好きです。
これは絵画でも、彫刻でも、文章でも、歌でも同じです。
歌わないかぎり、音程を外すことはありません。
だから、そのままでいればいいのです。
もし誰もが沈黙を守り、その沈黙よりも美しいものを生み出せる人だけが口を開くなら、この世界はどれほど美しい場所になるでしょうか。
そういう場所があります……それがエロヒムの惑星です!
誰も騒音を立てません。モーツァルトが言ったように、「音楽とは、音符と音符の間の沈黙」なのです。私は音楽が大好きですが、すべての音楽が好きなわけではありません。
下手な音楽家はとても速く演奏します。「ちょっと待ってください!」と言いたくなるほどです。
一方、優れた音楽家はゆっくりと演奏します。すると私たちは恍惚となります。分かりますよね? 音を多く鳴らしすぎる音楽家は、絶え間なくしゃべり続ける人と同じです。
最初は私たちも聞いていますが、そのうち「はいはい、分かりました」と言って逃げ出します。
本当に賢い人、あるいはブッダは、沈黙を保ちます。
そして、もし一言発するなら、その言葉は的確に届きます。禅寺の禅師のようなものです。「私はアメリカから来ました。瞑想を学びたいです。心を目覚めさせたいのです」すると禅師は言います……「座りなさい」と。それだけです。教えはありません。しかし、その一言にすべての教えが含まれています。「座りなさい」……「瞑想はいつ始まるのですか?」……「座ってなさい」 それ以上は必要ありません。
あなたはもう違っています。それを感じますか?
ここに来たときの自分とは違っていると感じますか?
たとえこの集まりに来ない時であっても、一人でいるときにそれを感じてください。
朝、目を覚ましたら、すぐに自分が何者なのか、あるいは自分が何者だと思っているのかを感じてください。たいていの場合、それは本当の自分ではありません。しかし、それを感じ、記憶しておくのです! 昨日、目を覚ましたときに自分がどのように感じていたか、思い出してみてください。昨日の朝、あなたは目を覚ましました……たぶん……そして今朝も目を覚ましました。その違いを思い出してください。
フランスでは、誰かの機嫌が悪いと、「ああ、il s’est levé du pied gauche(左足から起きた)」と言います。つまり、「ベッドから間違った足で起きた」と言うのです。
本当のことではありませんが、興味深い表現です。
なぜなら、どのように目を覚ますか、どのように起き上がるかが、その日一日全体に影響するという意味だからです。それを感じてください!
そのことには、あなた自身に責任があります。
多くの人は目を覚ますと、あくびをして、すぐに携帯電話を確認します。
それが最初にすることです。まさに真っ先にすることなのです。
「何かメッセージは来ているかな?」……はい、メッセージはありますよ、私が持ってきましたから。携帯電話は必要ありません!
ですから、世界に目覚め、自分自身に目覚め、「わあ! 私は生きている」と感謝の気持ちを持って目を覚ますことがとても大切です。
触れることができ、息を吸うことができ、体の中では心臓が鼓動しています。
自分自身を感じてください! そうすれば、その日一日がまったく違ったものになります。
それが愛です。自分自身への愛です。
そしてその後、ベッドから起き上がって他の人たちを愛し、私たちが持っているこの素晴らしい特権を、他の人たちにも感じてもらうことができます。
今ここで脈動している一つひとつの心臓の鼓動……その全部が私には聞こえます。それは美しいメロディーです。
私たちはフィルハーモニー・オーケストラなのです。それを感じてください!
https://www.rael.org/.../%e7%a7%81%e3%81%9f%e3%81%a1%e3.../
