マイトレーヤ・ラエルのお話

 

69-01-18 ”Silence” 2015年1月18日 ”沈黙”

28分ビデオ。日本語音声。日本語字幕
https://www.youtube.com/watch?v=zTGthkJXqok

 

真理は預言者によって分かりやすく説明されるものです。易しい言葉で。預言者のお話は時とともに陳腐化するものではありません。最後の預言者ラエルと共に人生を送ることができる私たちはとってもラッキー。

 

ビデオを見るだけでなく、文章でもその真価を賞味しましょう。

 

ーーーーーーー

 

沈黙


69年aH(after Hiroshima) 2015年1月18日沖縄での日曜の集会にて


毎週 日曜日に
皆さんは 私の言葉を聞きにやって来ます
今日は皆さんに 私の沈黙を聞いてほしかったのです
沈黙は
最も重要なことです
それは
現代の人間に最も欠けている物です

外側の沈黙というのは
話をしていない時のものですが
最も重要なのは
内側の沈黙です

外側の沈黙がなければ
内側の沈黙を持つことはできません
おしゃべりばかりしている時 または
人のおしゃべりをずっと聞いている時
皆さんの内側にも雑音がしています
精神を沈黙させるためには
まずは口を沈黙させる必要があります
犬が吠えるようにおしゃべりしていたら
ブッダの精神を持つことはできません
私たちの社会ではとても難しいことです
目が覚めた途端
脳という機械が動き出し
内側で雑音がし始めます
それは考えです
考えは雑音です
脳内の雑音を黙らせるには どうしたらいいでしょう
瞑想です
沈黙の瞑想が 一番良いです
考えという雑音だけではありません
人はすぐ携帯電話をチェックします
8時間寝ていたから8時間メッセージを受け取ってない 大変だ
と 素早く
何が起こっているかをチェックします
パソコンを開いたり
テレビやラジオをつけたり
そして 仕事へ出かける
雑音だらけです
また 2分ごとに携帯電話に
文字を打ち込む人もいます
沈黙することは決してありません
仕事に出かけ
仕事中も雑音ばかり
休憩中も
文字を打つ
レストランに行っても
文字を打っているか
おしゃべりをしています
一日中沈黙することはありません
沈黙が最も欠けているのです
だから社会は病気なのです

沈黙が足りないのです
政府も
雑音です
権力者も
雑音です
教師たちも
雑音です
牧師も
雑音です
法王も雑音です
誰も やめてくださいと言いません
お坊さんの中には
話すのをやめ
考えるのをやめた人たちもいます
2段階あるんですね 最初は話すことや
読むこと
聞くことをやめる
その後で
考えるのをやめます
とても難しいです
私が1分間沈黙するだけでも
とても短いですが
何人かの人は
そわそわし始めます
「私はなぜここにいるんだろう」
「彼は何をやっているのだろう」
どんどん考えてしまうのです
またやってみますが
今度はそれを楽しんでみてください
口と耳を沈黙させるのと同じく
内側も沈黙させてみてください
もっと難しいです
皆さんは考えてしまいます
私が話すのをやめて沈黙すると 皆さんは考えます
どのくらい黙るのだろう
お昼は何を食べようか
午後にはやることがあるんだよな と考えが止まりません
瞑想で 止めます
考えません
まったく考えません
それはバラの木を育てるようなものです 私が大好きな事ですが
美しいバラを咲かせるためには
剪定が必要です
それは脳にも言えることです
精神をバラのように育てる
ハスの花のように
そのためには 剪定が必要です
まずは外側の雑音を切ります
どんな雑音であれ
もう気になりません
最もうるさい雑音は自分の口です
他人のおしゃべりはやめてほしいと思っても 自分のは別だと思っています
ですから自分から始めます
多くの人は 沈黙すると落ち着かない 難しいと感じます
とても難しいです なぜでしょう
沈黙することは
自然の秩序です

木は話しません
花は話しません
花を咲かせます
同じように感じましょう
雑音を無くして
身体の美しさ
あなたという存在の美しさを
輝かせましょう

言葉は必要ありません
考えも必要ありません
そうすれば 存在し始めますstart to be
あなた自身で
あること to be
唯一無二のあなた
皆さん一人ひとりが 唯一無二です
皆さん一人ひとりが ブッダです
ブッダはベラベラ話してばかりの人ではありません
日本語ではどう表現しますか
ベラベラですかテラテラですか
ベラベラ
ベラベラ
ぺ ペラペラ
ペラペラとブラブラは似ていますね
皆さんはそんなのではありません
皆さんは 存在し始めます
沈黙の中で
それから 注意を
脳内の機械に
向けます
口を閉じるのは簡単です
とても簡単とは言いませんが
精神を黙らせるのに比べたら簡単です
どんどん考えが浮かんで来たら
その考えを
どうやって止めるのか
次に浮かんでくる考えに注意を向けます
「次はどんな考えが浮かぶだろう」 必ず浮かんできますから
まずは「なぜマイトレーヤは何もしゃべらなくなったのだろう」と考え
「この後 雨が降るかなあ」
「お昼は何を食べようかな」 また別の考え
また別の考え 「今日の服は十分きれいかしら」
「髪は大丈夫かな」 いろいろ考えが出てきます
止まることはありません 止まらない機械です
この狂った機械は
皆さんではありません
皆さんは考える脳ではありません
考える脳は愚かな機械です
皆さんは
皆さんの超意識です
それが本当の皆さんです 私が「私」と言う時
それは考える脳ではありません
愚かなフランスの哲学者のように
「考える人」
「我思う ゆえに我あり」
とてもバカです
逆です
皆さんが存在するのは to be
考えを止める時です

考えている限り 皆さんは存在しません
考えを止めると 皆さんは存在し始めるのですstart to be
どうやって止めるのか ちょっとしたコツを教えます
考えが止まらない
どうしたら止められるだろう 考えるのをやめたい
眠りたいのに眠れない時があります
「眠らなきゃ 今何時だろう 眠らなきゃ」
考えが次々と浮かぶのが止められません
ちょっとしたコツは
「次に浮かんでくる考えは何だろう」と考えます
すると考えが止まります

なぜでしょう
次の考えは何だろうと
質問しているのは 超意識だからです
考える脳に質問をしているのです

すると考える脳は「何だって?」と言って
止まります
それをできるだけ長く続けます
最初は数秒 それからまた考えが浮かびます
ブッダが言ったように「流れるままに させましょう」
川の流れを止めることはできません
流れるままにさせるのです
そうしながらも
それについて考えない
脳は考え続けますが
皆さんはそれに注目しないで
そうすれば超意識が大きくなります
どんどん
もう一つのコツは
過去に関して
何も考えず
何の感情も持たないこと

覚えていてください
考えがなければ
感情は起こりません
感情はいつも 考えから出てきます
良い感情は
良い考えから来ます
悪い感情は 悪い考えから来ます
考えがなければ どんな感情も出て来ません
どんな感情も
幸せでさえも
「わぁ!」となるのは 何かを考えたからです
存在するためには 真の内面の幸せを得るためには
全ての考えを切る必要があります
過去についての考え
良い物も悪い物も
過去に関する良い考え 良い思い出は
幸せではありません
それは過去ですから
私は過去について
何も考えない
2番目の毒は
未来です
1番目の毒は過去です
2番目の毒は
未来です

私たちの脳は 過去や未来について考えています
昨日は ああだった 明日は あれをしよう
いつも過去と未来を行ったり来たりしています
私は未来について何も考えない
未来について何の感情も持たない
3番目の毒は
今について考えること

それも毒なんです
「寒いなあ」
「この部屋は嫌だなあ」
なんで美しい景色に背を向けて 壁を見てるんだろう
今は
毒です
それが感情を生み出すからです

感情は良い物も悪い物も
存在することとは別の物です
考えることは存在することではありません
だから今についても考えない
過去について考えず
未来についても考えず
今についても考えない
4番目の毒
小さいですけど これも毒です
「私はこの瞑想について
何の考えも持たない」
この 今という瞑想について感じ
それについて考えると
「マイトレーヤの教えは面白いなあ」
と考えてしまいます
「これはいいなあ」というのも考えです
「嫌だなあ」というのも考えです
過去について何の感情も持たず
未来についても 感情を持たず 考えもしない
今についても考えない
瞑想についても考えない

そうすれば
そうすれば
そうすればやっと
皆さんは存在し始めるのですstart to be
一緒にやってみましょう
目は開いたままで良いです
内側の沈黙を作るために
過去について何も考えない
一つも
未来について何も考えない
一つも
今について何も考えない
一つも
この瞑想について考えない
今度は自分でやってみましょう 私は少し黙ります
もう一度自分で 頭の中でやってください 1つ 2つ 
3つ 4つ 過去 未来 今 瞑想
そして感じます
この沈黙を
本当の沈黙
どうぞ
少し感じ始めたでしょうか
続けても良いです 1時間でも
2時間でも
1日中でも 良いじゃないですか
1週間に一度 1日
存在する to be
あるお坊さんたちは それを永遠にやろうと決めました
それは可能です
考えてみようと
選択するほうが
良いです
特別な場合にだけ考えるのです
ブッダの生活を始めます
常に
存在するという生活です
そして時々
時には役に立つので
「今は考えよう」とします
今はその反対が行われています
いつも考えていて
時々瞑想をして考えるのをやめます
想像してみましょう
逆の生活を
いつもブッダでいて
何も考えない それである時「ちょっと考えてみよう」と
その方が良いです
このようにして必要な時だけ考えます
そう考えてみると
しょっちゅう考えている必要はありません
解決しなければならない問題がある時だけです
それは滅多にありません
何か決断をしなければならない時
その時だけ「今は考えよう」

そういう時は1日の中でも少しです
布団の中で
眠ろうとしている時や
家でくつろいでいる時には
考える必要はありません
でも脳が自動的に考え続けます
それが問題なのです
考えは皆さんを
存在することから切り離してしまいます

無限からも切り離し
無限と一つになることからも切り離します
考えることは分離です
私は考える
私は男だ
私は女だ
そう考えると 他の性と切り離されてしまいます
私は日本人だ
中国人でもない フランス人でもない
私はアメリカ人だ
私は若い
と考えると 自分と老人を区別してしまいます
私は人間だと考えても
地球外生命体と自分を区別してしまいます
この分離という幻想を止める唯一の方法は
だってそれは幻想なんですから
皆さんは日本人でもなく
韓国人でもなく
中国人でもなく
人間でもなく
ただ存在しているのです
自分は何々だと言うと
自分を
全てから切り離してしまいます

私たちは全てと一つなのだと
感じたいのなら
ただこう言うのです「私は存在している」
「私は存在している」
「私はフランス人だ」「私は中国人だ」ではなく
「私は男性だ」「私は若い」ではなく
「私は存在している」 I am
「私は存在している」と言えば
全てと
一つになります
感じますか 私たちは存在している we are
存在していますか
私たちは存在している we are
美しい1日をお過ごしください