「マイトレーヤ」
~その教えの神髄~
マイトレーヤ・ラエル著
第7章 完璧という神話
手遅れになる前に生きましょう
(1986年8月、フランスでのセミナーにて)
生きるのを忘れている人たちがいます。人の目が気になり、自分の思った通りの生き方を敢あ えてしない人たちです。決断もできずに、すべてを後回しにしてしまう人たちです。そうして人生は過ぎ去っていきます。髪は薄うす くなり、白髪しらが も増えてきます。人生は過ぎ去り、とりわけ自分自身に対して溜た め込んだツ ケを支払うべき瞬間が、避さ けようもなく近づいてきます。誰だれ にでもやってくる 死の瞬間が近づいているのです。そしてその日には、自分の人生のすべてを振 り返って見ることになります。
私はいったい何をしてきたんだろうか? 何を私はやり遂と げたのだろうか? 様々な感動的瞬間を思い出します。そして、最期さい ご の時を迎えるのです。
ある人にとっては、それはかなり近い将来のことです。別の人にとっては、も う少し先のことです。また別の人にとっては、それは突然のことです。いずれ にしても、死というものはやってきます。どんな人生を歩んだとしても、人生 は過ぎ去っていきます。
人生は、最後の審 判の日に向かって突き進んでいきます。私たちは自分の人 生に審判を下くだ し、他人も私たちの人生に審判を下すことになるのです。
手遅れになるまで自分の人生を生きてこなかった人にも、夢はあったのです。 世界を変えてやろう。金持ちになってやろう。大恋愛をしてやろう。セックス をしたい放題にやろう。
でも、自分の夢をあえて生きようとはしなかったのです。老お いていくにつれ、 髪を切るたびに、自分のアイデアも切り落としていったのです。性欲もだんだ んと減退していき、精神もゆっくりと老化していったのです。
このようにして、いろいろの新しいものの考え方や、自分の人生を楽しむ人 たちに対し、反発心を抱だ いたり、イライラしたり、腹が立って我慢がまん がならなく なったりするのです。
時々、鏡を見て言います。
「いったい、私は何に成ったのだろう? 私の夢はどうなってしまったのだろう? 私は革命的だったのに。長い髪と花柄のシャツを着ていたのに」
でも結局、鏡に映うつ っているのは、
「ほら、お前は年老としお いた。烏合うごう の衆しゅう のひとりだ。普通の人間に成り下がってし まった」
と言っている自分です。
彼らは老お いていくのを恐おそ れますが、実際のところは、20年前よりも年老いているわけではないのです。なぜなら、25歳の時にはすでに老人だったのですか ら。確かに、数カ月か数週間は、彼らは若かったと言えるかもしれません。そ のときは世界を変えたいと思っていましたから。でも、結局は他の人と同じようになってしまい、同じように老いてしまったのです。50歳になっても60歳に なっても老いたままです。それ以上に老いるわけでもなく、それ以上に若返る わけでもありません。
生きるのをやめてそんなに長く経た ってしまったら、変化することはとても難 しくなります。ニューロン(神経細胞)はいつも同じ位置を占 めていて、ニュー ロンの繋つな がりも繰り返しによって硬くなります。木と同じように悪い枝振りの まま固まってしまい、その曲がった枝を直すには、枝を折るしかなくなってし まうのです。盆栽ぼんさい で大木を育てるのは不可能です。なぜなら、もうすでにがん じがらめになっているからです。
精神が老お いてしまった人も、盆栽と同じです。彼らはがんじがらめなので、 30歳、40歳、50歳、それ以外の年齢の若者、開花した人、いまだに生きてい る人、ヒッピーの夢を体現しているような人、革命的な人、喜びに満ちている 人、健康な歯で人生をかじりながら成長していく術すべ を知っているような人、そ ういう人たちを見て、当然、不快に思うのです。
そういう人たちは、大木のように、夢見る頭は天にまで達し、足もしっかり と地についた状態です。大地に魔法をかけるために、その実や花からは良い香 りが広がっていきます。それを見て、老お いた人たちは羨うらや むのです。
私たちには限られた時間しかありません。だから、時間をムダにはしないよ うにしましょう。私たちの人生の1分1分が、かけがえのないものです。私た ちのこの地球上での時間は有限なのです。1秒1秒は、私たちの脳から果汁が しみ出てくるようなもので、一滴もムダにはできないのです。なぜなら、過ぎ 去っていく1分1分、飛び去っていく一瞬 一 瞬、二度と味わうことができな いからです。
出版社:無限堂
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