私は日本人男性の平均寿命に達しており、いつ死んでもおかしくない、立場ですが、昭和時代に建てられた古い民家を安く借家しています。不動産の資産はゼロです。でも、借家住まいの良さを感じています。所有していない幸せを感じています。遺産相続など、しないといけないものを所有していないのですから。これはいいものですよ。

日本全国には700万軒以上の空き家が存在します。勿体ないですね~~。そのすぐ近くに家が新築中。このアンバランス。空き家を所有する人たちはつらいでしょうね。この物件をどうしようか? 所有していないとそんな心配はしないでいいのです。 

買い手がつかないような物件では不良資産になってしまいます。自分が資産とばかり考えていたものが。。。新築の家---今はそうでも30年、50年後は?

空き家になっているもので住んでみようか、と思える物件がりましたら、直接その家主に会って話し合うようにするとお互い助かりますね。家主にとっては借り手があることはとても良い話であり、借りる方も安く借りられればうれしいですね。お互いに余裕のある暮らしが可能に。

それが何であれ、所有することに憧れない人生を送れる人たちはシアワセですよ。

私がその生き証人です。     

      「マイトレーヤ

          ~その教えの真髄

 

          マイトレーヤ・ラエル

 

第六章 生きることに意味を見出す

 

 「所有しなければしないほど、より『ありのままでいる』ことができます。所有すればするほど、『ありのままでいる』ことができなくなります」 ラエル   

 

 

所有していても、「ありのままでいる」ことは可能だろうか?  

 

セミナーで、預言者に次のような質問をした人がいました。 

 

 ──ラエル、物質的な所有に関連してお尋たずねします。私たちは消費文化の真っただ中にいますので、すぐに物質欲に捕らわれてしまうのですが、どうしたら 良いのでしょうか? 

 

ラエル: 

 

どこまで所有したいと望むかは、各人の自由です。でも知っておいてください私たちは自分の所有しているものに所有されているのです。  

 

私は、こういう素晴らしい一文を読んだことがあります。

 「所有する人が裕福なのではない。欲望が限られている人が裕福なのだ」  

 

それというのも、お金を稼 かせ げば稼ぐほど、お金が必要になるということもあるからです。  

 

所有の極致きょくち を目指すよりは、非所有の極致を目指す方がマシです。非所有の極致は、決して破壊的になるということがないからです。  

 

自分が本当に必要とする以上の物を持っている人は、それに伴 ともなう使用料の支払いなどが発生したりして、エネルギーを使ってしまいます。より多く働かな ければなりませんし、財布の中身も注意深く管理する必要が出てきます。そんなことでは、自分の欲望の奴隷状態になってしまいます。  

 

自分が必要とする物だけを持っている人は自由です  

だからといって、何も持たない方が良いと言っているわけではありません。 ある人はたくさん物を持っていて幸せでいることができますので、それはそれで良いことです。 

 

 しかし、どんな場合でも絶対に避 けた方がいいもの、それはクレジットです。 というのも、人はこれによって奴隷化 してしまうからです。自分の収入の範囲内で買い物をする方が絶対にマシです。例 たとえば買いたい車がある場合に、何年かは小さな車にしておいて、それを買えるだけのお金を貯 めたときに初めて、 より馬力のある、きれいな新車を買うのです。たとえそれまでの貯 たくわ えに何年かかったとしてもです。  

 

クレジットは高すぎます。まるでそれは手錠 をはめられて、人生の 3 分の 1 をクレジット会社を儲 もう けさせるために働いていくようなものです。買う物で得 られる喜びというのは一過性 のもので、幸福はすぐに逃げていってしまいます。  

 

社会は、私たちに、必要ではない物を必要だと思い込ませます。それがなけ れば社会的に認められないとか、社会的地位が維 持できないとでもいうようにです。これは、政治経済的な世界への奴隷化 と、人間搾取の一形態です。所有 への依存のシステムが、人々を「ありのままでいる」ことから遠ざけてしまい ます。これは「知る」ということに関しても同じです。  

 

学ばなくてはいけません。学ぶことは大切ですが、出口の見えない半狂乱の 知識の探求は避 けるべきです。 

 

「知り過ぎてはならない」ということを知るのは、特に重要です。いろいろな ことを驚くほど知っている人がいます。いろいろな学歴や資格は持っています が全く「ありのままでいる」ことができずに、不幸のどん底だということが 多いです。知れば知るほど、知っていると思えば思うほど、実は知らないので す。なぜなら「ありのままでいる」ことが無くなるからです

 

 「ありのままでいる」状態の人は、「知る」ことの奴隷 でも「所有する」ことの 奴隷でもありません。  

 

これについてラエルは、53AH/1999年 4 月の第 1日曜日、モントリオールの集会でも話 されました。 

 

所有することでも、知ることでも、幸せにはなれない  

 

幸せは、「所有する」ことも、「知る」こともできませんが、幸せで「いる」こ とはできます。「所有する」ことでは幸せにはなれません。ただ不幸せになることもありません。それは何ももたらさないのです。実際のところ、あなたがそ れに与える価値だけの価値しかありません。  

 

「知る」ことに関しても同じです。知ることで幸福になったりはしません。な ぜなら、知ることは何ももたらさないからです。「この小さくて可愛い鳥の名前 は何々変態鳥です」と言っている間に鳥は飛び去ってしまって、その鳥の面白 い飛び方や、美しい羽などに見とれている暇 ひま はないのです。これでは全然、間 に合いません。知ることは、覚醒とも無限の意識とも全く関係がないのです。  

 

私たちは、「知ること」と「所有すること」を追求する文化の中にどっぷりと 浸かっています。この世界を支配しているのは「知識人」と「お金持ち」ですが本来は「ありのままでいる」人たちが決定を下し、地球の人たちを導いて いくべきです。  

 

「所有する」ことで幸福にはなれません。「所有する」ことは麻薬  の場合と同じ ように、人を高揚した気分にさせます。それも少しの間だけです。「所有する」 ことには必ず落胆が伴 ともな います。意識はそうではありません。「ありのままでいる」 こともそうではありません。「ありのままでいること」も「意識」も、どんどん 上昇していくばかりです。意識とはそういうものです。意識的でいようと決心 した個人には、老齢も太刀打ちすることができません。

 

出版社:無限堂

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