
Nobby Raelian
@NobbyRaelian
女性がトップレスになる権利について:マイトレーヤ・ラエル
世界中のどこであろうと、女性も男性も同じようにトップレスになる権利があるはずです。
もし男性がブラジャーの着用を強制されても、問題は起きないでしょう。
でも、男性はどこでもトップレスになれるのに、女性はそうではありません。 あらゆる法律は男女に同じように適用されるべきという、近代国家の憲法上の権利に反することです。
ですから、男性がプールに行くときは、どこでもブラジャーを着用することを強制する新しい法律を制定するか、女性も同じようにトップレスになる権利を認めるか、のどちらかしかありません。
それはまさに平等な自由の問題です。 上半身が裸の男性をよく見かけますが、女性よりも胸が大きい人も中にはいますね。その一方で、胸がほとんどない女性でもブラジャーをつけなければなりません。 もしサイズに関係するというのであれば、大きなバストを持つ男性はブラジャーを着用し、胸があまりない女性は何も着用しなくても良いわけで、生活のあらゆる場面で、また社会のあらゆる場面で、両性に平等な権利があるべきです。
最近、がん手術で両乳房を摘出した女性を見かけましたが、とても興味深いことに、彼女には乳首がないので、トップレスで出かけても問題はないというのです。 問題は乳首にあるようですが、男性にも乳首はあります。なぜ乳首を見せたらいけないのでしょうか?
乳房ではなく乳首を。しかも女性に限って。
アメリカでは、一部の過激な狂信的ユダヤ・キリスト教が、母乳で子供を育てる女性を検挙しようとしています。乳房を見せるからというのがその理由です。もちろん、赤ちゃんに母乳を与えることは、健康的で正常なことなのに、赤ちゃんに母乳を与える女性を起訴するというのです。こんなことは絶対におかしいです。
女性も男性も、世界中のどこでも同じようにトップレスになる権利があるはずです。 胸を見せることで、男性に性的興奮を与える可能性があると主張する人もいますが、だから何だと言うのでしょう?
イスラム教の狂信者、イスラム教の国では、一部の男性に性的興奮を与える可能性があることを理由に、女性に髪や鼻や唇を隠すことを強要しています。 男性が女性に性的暴行を加えたり、レイプしたりするのを認めているわけではありません。私たちは誰をも尊重しなければなりません。
今から50~60年前までは、西洋の女性は脚を見せる権利がありませんでした。なぜなら、脚を見せることは性的興奮を引き起こすという主張があったからです。でも現在において、近代的な国であれば、女性はミニスカートやショートパンツを履いても何の問題も起きていません。 ですから、とてもセクシーで、もっと性的な興奮を与えることができる唇よりも、なぜ胸を別扱いにする必要があるのか、私には分かりません。
そんなふうに扱うから、とても挑発的なことになるのです。 胸は脚と同様に体の一部です。性的に挑発的なものをすべて隠すのであれば、狂信的なイスラム教国のように、女性も男性もベールをかぶることを強制しなければなりません。なぜなら、男性の胸も女性にとって性的興奮を与えるものだからです。 女性に対して身を隠し、目だけを見せることを強制したいのであれば、男性も同じようにすべきです。
ヌーディストキャンプでヌーディズムやヌードを実践している人は何百万人もいますが、性的な興奮は起きておらず、人々はただ美しい太陽の下で裸になることを楽しんでいます。
最初のクリスチャンの中には、アダムを信奉する人々がいたことを忘れてはなりません。彼らは全裸で教会に行き、アダムとイブのようになるため一日中全裸で過ごし、アダムとイブのような純粋な姿に立ち返っていました。子供のように純粋で裸でいること、そしていつまでも幸せで自分の体を愛せることは、ただただ喜びなのです。
もう一つの偽善は、子供たちが人生で最初に目にする上半身裸の女性を見てはいけないと言っていることです。子供たちがおっぱいを飲んだり、触ったり、押したりしていたものをです。それはとても素晴らしい光景であり、決して性的なことではありません。 子どもたちは思春期になるまで何も知らず、性的なアイデンティティーも持っていませんが、その一方で、トップレスの女性を眺めている子供たちを見る大人たちには、性的なアイデンティティーがあり、それを子供たちの脳に投影しています。 思春期になれば、もう子供ではなくなるし、トップレスの男女を見て性的な感情を抱くのは普通のことです。脳の中の性を発達させるためにセックスを始め、夜にオナニーをするのはまったく健康的なことです。
私はまた、それがニューヨークのようないくつかの都市で行われていることを強く支持します。ニューヨークでは、女性がトップレスになることは合法です。ニューヨークのどの地域でも、どの通りでも、女性はトップレスで歩くことができます。ニューヨークは世界有数の大都市ですから、女性たちの中には騒ぐ人もいます。 でも、なぜ彼女たちはせるのでしょうか?つまり、それをしたくないのであれば、隠していれば良いだけです。
イスラム教徒になりたければ、髪を隠すか、マスクをすれば良いのです。それはその人達の自由です。ミニスカートを楽しみたいのなら、脚を見せるのも自由です。 そして、トップレスになりたければ、それもその人の自由です。だから、ゲイであろうと、レズビアンであろうと、性的指向を持つことは自由です。
一部の人たちにはそれをする権利があって、そうでない人たちは嫉妬しなければならない、ということではありません。 私たちはそれぞれ違いますが、重要なのは、憲法や法律で認められていることを執行することであり、トップレスになるのは自由だということです。
改めて言いますが、男性に許されて女性に許されない理由はありませんし、トップレスになる権利は男女平等の問題です。それは人間の解放と自由を拡大させるプロセスに適合するものであり、人々の解放、男女の解放は、必要な革命なのです。
世界の問題のほとんどは、ユダヤ・キリスト教の伝統から生じています。特にキリスト教では、苦しむこと、痛みを伴うことを美化し、セックスを悪い快楽、悪いものとしたり、自慰行為を悪いものとしています。そして、人々に罪悪感を抱かせ、結果的に人々は不満を募らせ、すぐ暴力的になったり、安易に戦争に走ったりしています。
人々が性的な自由や喜びを持たず、太陽の下で裸になって自分の体を感じる喜びを享受しないと、人は暴力的になりやすくなります。自分自身を愛していないとき、人はより簡単にそうなってしまいます。 自分自身について、自分の性について、自分のヌードについて罪悪感を感じるとき、他人に対する憎しみが生まれます。そして、自分自身を愛し、自由を感じ、トップレスやミニスカートを楽しむようになれば、誰に対しても攻撃したくはなくなるでしょう。そして自分自身を愛することによって、他の人々への愛が生まれ、地球の平和と愛が高まってゆくのです。
この革命は解放であり、男女における最も重要な平等についてのものです。
もう一度言いますが、突然すべての男性がブラジャーを着用するように強制されても大丈夫です。それは男女平等の問題ですから。 1世紀前の近代的な国々では、男性すらも、イスラム教の国ではなくとも近代的な国では、海で泳ぐためには長丈のショートパンツと長袖のシャツを着なければなりませんでした。そして現在、もちろん男性は小さなビキニをはいていても、何の問題もありません。
一方、現代における奴隷解放は、純粋さ、裸体の美しさ、喜びを再発見することに向かう傾向があります。そして、ますます多くの人々がこの惑星を愛し、この惑星を守り、海を守り、木々を守りたいと願うようになっており、ガイアという名の宗教的なことに人々は気づいていて、私たちは花、植物、木、動物と一体であり、人類の生存にとって非常に重要な環境を守る必要があると感じています。まるでパラダイスやエデンの園で裸のアダムとイブに戻るようなものです。
ヨーロッパでは、裸で山に入るのが好きな人がますます増えていて、海で裸になったり、森で裸になったりするのを楽しんでいます。自然や植物や木々で満たされるのは美しいことです。服をたくさん着ていると、環境から切り離されたような、疎外されたような気分になります。服を着れば着るほど、特にこの地球上で最悪の部類に入る軍人のような似たような服を着れば着るほど、何かを破壊しなければならないような、みんなを束縛しなければならないような気がしてきます。 裸でいると、誰も傷つけたくは思いません。
まず第一に、裸の時に武器を持ちたくはないでしょう。それは平和をもたらすための自然なプロセスであり、宇宙とのつながりを感じるためのものです。太陽や星や海や空気とのつながりを感じるために、私たちは自然に呼吸をしています。私たちは生まれながらにして服を着ているわけではありません。そのことを永遠に忘れてはなりません。私たちは、自分の体を隠して生きている唯一の生き物なのです。とても馬鹿げています。
もし私たちが自分自身を愛するならば、宇宙のどこにでも愛を広げることができるようになるでしょう。天候が夏をもたらし、裸になることを可能にしてくれる時、それは平和を推進するものとなり、平和と非暴力を広める活動ともなります。 言い換えれば、世の中の悪いことは、すべて人間から生じているのですから、今より悪い状態になることはないでしょう。
戦争、テロリズム、暴力、公害など、あらゆる面で、この地球上に存在するすべてのものは、人間から生まれたものです。 男性は何千年もの間、世界を支配してきました。ですから、今こそ女性に世界を統治するチャンスを与える時だと思います。これ以上悪くなることはありません。あり得ないです。同じであっても、悪くなることはありません。
だから私は、女性が突然世界を支配するチャンスが訪れることを願っています。女性特有の価値観である、愛情、思いやり、優しさ、繊細さ、ポジティブな感情といったものを、私は100%確信しています。女性は子どもを産むからこそ、人を殺したり、苦しめたりすることを好みません。ナポレオンのような女性や、チンギス・ハンのような女性になどはなれません。そういうのは男性だけです。 ですから、女性たちが突然、「ちょっと待ってよ、私たちが今生きているのは、汚染された海、汚染された空気、汚染された川、汚染された食べ物に溢れた世界じゃない。ちょっと待ってよ、これはあなた達がつくった世界よ、私たちはそれを変えたいの」と言うべき時だと思っています。ですから、世界の女性たちが突然権力を握り、民主主義的な方法であれ、その他の方法であれ、突然世界革命を起こし、女性による世界統治機構をつくるべきなのです。そうすれば、世界はり良い場所になると確信しています。 http://Gotopless.org http://Rael.org (via Maitreya Rael)
引用

Raelian Movement
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https://youtu.be/xGwuWBQhjaY?si=W-nexejqumf9yCL3
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