中国産麻薬フェンタニル、米国に大量流入し「21世紀版アヘン戦争」の引き金

7分に1人が中毒死、メキシコのマフィアが中国から原料輸入し密造

2023.7.21(金)藤 和彦follow

 

ブリンケン米国務長官は中国の王毅政治局員との会談で麻薬「フェンタニル」を話題にした(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 

  • ブリンケン米国務長官が13日、中国外交担当トップ王毅政治局員と会談した。
  • テーマの一つが中国産の「フェンタニル」。米国で社会問題となっている強力な麻薬だ。
  • 米中対立が深刻化する中、「21世紀版アヘン戦争」とも言われる事態となっている。

(藤 和彦:経済産業研究所コンサルティング・フェロー)

 

 ブリンケン米国務長官は7月13日、訪問先のインドネシアで中国外交担当トップの王毅政治局員と会談した。ブリンケン氏は今年6月中旬、米国務長官として約5年ぶりに中国を訪問した際にも王氏と会っており、米国外交トップの会談は2カ月連続だ。

 

 バイデン政権はこのところ中国との対話に意欲的だ。

 中国とのさらなる関係悪化を防ぐため、対話を制度化し、両国の衝突を回避できる「ガードレール」を設けようとしていると言われている。筆者は「米国は中国と緊急に協議しなければならない事情があるのではないか」と考えている。

 

中国外交部は翌14日の定例記者会見で、米国との間で「フェンタニル」の問題について意見交換を行ったことを明らかにした。ブリンケン氏も6月の訪中時にフェンタニルの問題を
協議したことを認めている。

 フェンタニルは医薬用麻薬のことだが、違法に製造・流通されており米国で最も問題になっている薬物のひとつとなっている。米国社会は銃乱射をはじめ様々な問題を抱えているが、特に深刻なのが薬物中毒だ。フェンタニルは、その最大の原因とも言われている。

 
モルヒネの50倍の強度を持つ鎮痛剤であるフェンタニルは、末期のがん患者の苦痛を緩和するために開発された。だが、過剰摂取による死亡事故が多発している。


7分に1人が死亡、人口上回る致死量が流入

 

 米国では2021年、薬物の過剰摂取で死亡した約10万7000人のうち、3分の2はフェンタニルが原因だ。通常の麻薬より安価であることに加え、医療用とされていることから、依存性が強いにもかかわらず安易に手を出してしまうと言われている。

 

 米国では7分に1人がフェンタニルで命を落としている計算となる。18〜49歳までに限れば、死亡原因の第1位はフェンタニル中毒だ。

フェンタニルを使用する米ロサンゼルスのホームレス(写真:AP/アフロ)

 

 米南部では幼児がフェンタニルの過剰摂取で死亡する事案も起きている。

 最近、効果を長時間維持する目的でフェンタニルに動物用鎮静剤「キシラジン」を加えた新種の薬物もまんえんするようになっている。皮膚にあざができ、体の一部を切断せざるを得ないケースが多発していることから、「ゾンビドラッグ」と恐れられている。事態を重く見たバイデン政権は7月11日、キシラジンに関する暫定的な対策を発表している。

 

 このように、米国政府はフェンタニルの取り締まりに躍起になっているが、フェンタニルの海外からの流入に歯止めがかからない。

ホームレスが手にするフェンタニルのかけら(写真:AP/アフロ)

 

 米麻薬取締局によれば、昨年押収されたフェンタニルは粉末で4.5トン以上、錠剤で5060万錠に上った。3億7900万人分の致死量に相当し、約3億3000万人の米国人全員の命を奪うのに十分な量だ。

規制強化したい米国、交渉に応じない中国

 米国でまんえんする違法フェンタニルの直接の生産者はメキシコの麻薬マフィアだが、その原料を供給しているのは中国だ。フェンタニルが「チャイナ・ガール」と呼ばれるゆえんだ。

 

 トランプ前政権は2018年から中国政府に対し、フェンタニルの米国への輸出を規制するよう働きかけを強めた。この問題が重視されたのはトランプ氏の支持者が多い「ラストベルト*」が全米で最も深刻な被害を受ける地域の一つだったからだ。

   

ラストベルト(英語: Rust Belt、錆びた地帯)とは、アメリカ合衆国の中西部地域と大西洋岸中部地域の一部に渡る、脱工業化が進んでいる地帯を表現する呼称である。

 

7月18日、米ホワイトハウスでフェンタニルの公衆衛生危機に関する会合が開かれた(写真:ロイター/アフロ)

 

 米国との貿易摩擦を回避する観点から、中国政府は2019年からフェンタニルの輸出規制を強化した。これによりメキシコ経由での流入は続いているものの、中国からフェンタニルが米国に直接輸出されることはほとんどなくなった。

 

 だが、バイデン政権の圧力強化に不満を募らせる中国政府は、その報復として2019年に強化したフェンタニルに関する輸出規制を緩めている(2022年12月27日付米ウォールスト

リート・ジャーナル)。

 中国の動きが顕著になったのは、昨年8月にペロシ連邦下院議長(当時)が台湾を電撃訪問した直後だ。

 中国政府はフェンタニル規制関連の交渉窓口を閉鎖した。米国政府は在米中国大使館などを通じて対話を求めているが、中国は没交渉の姿勢を貫いている。

 

米司法省は中国企業を起訴

 米国からの度重なる抗議に対し、中国外交部は「米国人による過度の薬物依存が問題だ。なぜ中国のせいにするのか」とけんもほろろだ。

 

 米中対話が中断したことでメキシコ経由の中国製フェンタニルの流入が一層拡大することに危機感を覚えた米国政府は、強硬手段に乗り出している。

 

 米司法省は6月23日、フェンタニルの原料を違法に取引したとして、中国の原料製造企業4社と中国人8人を起訴した。米当局が中国企業を訴追するのは初めてだ。

 

 起訴された8人のうち2人が6月上旬におとり捜査で逮捕されたことに中国は猛反発している。在米中国大使館のスポークスマンは「たくみに計画されたおとり捜査が、中国と米国の麻薬対策協力の障害を生むことになるだろう」と米国を非難した。

 

 7月13日の会談後も中国は「米国は中国の取り組みを評価しないばかりか、フェンタニルの問題で中国を中傷し、責任を転嫁するため、おとり捜査で中国籍の住民を逮捕した」と重ねて批判している。

 対話重視と言いながら、バイデン政権は自らの覇権を維持するため、先端半導体に関する規制など中国の経済成長の基盤を崩す戦略を進めている。米国の「真綿で首を絞める」戦略に対し、中国はこれに反撃するため、米国社会のアキレス腱を狙い打ちしているのではないかと思えてならない。

 だが、
この戦術が有効であればあるほど、米国内での反中感情は高まる。

「21世紀版アヘン戦争」を仕掛ける中国に対する米国の激しい怒が、両国関係を危険なレベルにまで悪化させてしまうのではないだろうか。

 

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