2023年6月21日
日本の美術系大学が中国人留学生に大人気なワケ
中島恵 (ジャーナリスト)
日本の大学進学を目指す中国の若者が増えている。日本学生支援機構によると、2022年の全外国人留学生(約23万1000人)のうち、半数近く(約10万3800人)は中国人で、16年以降、右肩上がりで増えている。米中対立やコロナ禍などの影響もあるが、中国人留学生にとって、日本は距離的に近く、学費が安く、安心安全で、魅力的な留学先だからだ。
(PrathanChorruangsak/gettyimages)
そうした需要に応えるため、10年以上前から増えているのが中国人向け大学受験予備校だ。多くは在日中国人による経営だが、中でも、最近増えているのが美術大学を目指す学生のための専門コースだ。筆者は『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)で、その背景を取材している。
中国でなく、日本の美大を目指す
東京・高田馬場駅に降り立つと、他の駅前では見たことのない業種の看板が複数、目に飛び込んでくる。それは在日中国人向け受験予備校の校名が書かれた看板だ。
『中国人が日本を買う理由』(日経プレミアシリーズ)
「行知学園」などの大手をはじめ、新興の予備校の看板もあり、駅周辺にこれらの学校が集中していることがわかる。ほかに、新宿、池袋などにもこうした学校が増えている。
筆者はそのうちの一つ、東京・池袋駅から近い千代田国際語学院を訪ねた。同校は01年に設立。日本語学校の運営のほか、日本の大学受験指導も行っていて、予備校の中では老舗であり、定評がある。
同校によると、08年頃から日本の大学の受験対策を希望する留学生が増え始めた。その期待に応えるため、日本語学校と並行して受験指導を始めたというが、近年、とくに増えているのが美術やアニメなどを学びたいと希望する学生だ。そのため、美術専門コースを設置し、力を入れているという。
なぜ、日本の大学の中でも、とくに美大を目指す中国人留学生が増えたのか。背景にはいくつかの理由がある。
第一に、中国国内事情がある。中国では美術系大学が相対的に少なく、入学が非常に困難であるという。
同学院で働く女性講師は中国の美術系大学を卒業後、来日。同校で日本語を学びつつ、美術の受験指導を受け、有名美大の修士課程に進学、油絵を専攻した。卒業後はアーティストとして活動しながら、母校である同校で後進の指導にも当たっているという。その女性は次のように語る。
「中国で有名な美大といえば、中央美術学院、中国美術学院、広州美術学院、天津美術学院、魯迅美術学院などで、10校以下しかないのです。そこに、全中国から志望者が殺到するので競争は当然、熾烈になります。
そのため、どんなにすばらしい美術の才能があっても入学できない人が大勢います。それは日本の比ではありません。知り合いの美術講師は、最も有名な中央美術学院の受験に3回も失敗したといっていました。中国の美大はほぼ国立ですから、美術だけでなく勉強もがんばらなければならず、合格までのハードルは非常に高いのです」
日本のアーティストの知名度も後押し
コロナ禍前、筆者は中国都市部の小学校の下校時間に校門前に行ったことがあったが、そこには絵画教室の担当者が何人も子どもを迎えにきていたことを思い出した。下校後、子どもたちをそのまま絵画教室に連れていくためだ。
こうしたことは日常茶飯事で行われており、ここ数年、美術や音楽の英才教育を受ける子どもが非常に増えていることを物語っている。わが子(一人っ子)に、就職に役立つ専攻などより、自分の好きな分野に進んでほしいという親心なども関係しており、経済的な豊かさも後押しとなっている。
学生の中には、将来はプロになりたいと夢見る人も多いが、前述の中央美術学院は全学生を合わせても5000人弱しかいない。北京大学(全学生数、約7万5000人)、清華大学(同、約5万3000人)といったマンモス校と比較しても学生数は極端に少なく、美大の競争率は非常に高い。そのため、外国、とくに日本の有名美大を目指そうという動きが起きているのだ。
こうした動きは音楽でも同様であり、日本の音楽大学を目指す中国人学生も増えている。そのため、同校では音楽の講座も設けていると話していた。
第二に、日本の美術に対する高い関心が挙げられる。SNSなどの影響もあり、近年、中国では日本のアーティストの知名度がうなぎ上りで上がっている。
美術作家の奈良美智氏の作品は数十億円以上で取引されるほど人気だし、ほかに芸術家の草間彌生氏、村上隆氏、写真家の荒木経惟氏、蜷川実花氏なども高く評価されている。中国で彼らの作品展などが開催されれば、どこも長蛇の列ができるほどだ。前述の美術講師はこう話す。
「日本の芸術家は中国人にとって憧れであり、夢のような存在で、いつかこうなりたいと思っている人がとても多いと思います。中国には弘一(本名は李叔同、20世紀前半に活躍)という有名な芸術家がいるのですが、彼が東京美術学校(現在の東京藝術大学)で学んだことも、中国ではよく知られています。こうしたことが、中国の若者が日本に行って美術を学びたい動機の一つになっています。
日本で感心したのは、教授たちは学生への指導だけでなく、自身がアーティスト、クリエーターとして、第一線で活躍している人が多いということでした。将来こういうふうになりたいと憧れる現役の芸術家から、教室で直接指導してもらえることも、日本の美大の層の厚さ、人材の豊富さ、伝統だと思います」
憧れのアーティストから習う機会も
さらに、日本のACG(アニメ、マンガ、ゲーム)に対する憧れが非常に強いことは、言うまでもないだろう。今年も中国で日本のアニメ映画『すずめの戸締まり』や『THE FIRST SLAM DUNK』などが大ヒットしたことは知られているが、それだけでなく、過去20~30年に渡って、日本のアニメは中国の若者に強い影響を与えてきた。日本にはこれらの分野で世界的に有名な京都精華大学マンガ学部などがあり、現役の漫画家やクリエーター、デザイナーが多数在籍し、学生を指導している。
そのことは中国でも広く知れ渡っており、留学生の中には「現役のクリエーターが直接指導してくれるのは日本だけです。世界的にも有名だし、ここで専門的に学ぶことができれば、中国で学ぶよりも高い実力が身に就くと思います」という人もいる。そのため、中国でいったん社会人として働いたあと、改めて、20代後半で日本にアニメ留学をする人も少なくない。
前述の千代田国際語学院には美術指導専門の教室があり、授業以外の時間帯でも、留学生が自由にデッサンを描いたり、作品を制作したり、自習できるようになっている。前述の講師によれば、日本人と中国人、両方の講師が在籍しており、それぞれ役割分担を決めて、学問と実技の両方できめ細かく指導しているという。
コロナ禍や、あまりにも多すぎる大卒生と仕事のアンバランス問題などもあり、中国の大学生の就職難は年々厳しくなっている。そうしたこともあり、日本の美大進学を足掛かりに、日本でアーティストになりたいと願う若者も増えている。こうした動きは、中国国内の政治不安などもあり、今後ますます増えていきそうな気配だ。
日本の美術系大学が中国人留学生に大人気なワケ Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン) (ismedia.jp)