三菱スペースジェットが勝てるこれだけの理由
今やライバルは1社、生き残れば市場独占の可能性も
2020.6.18(木) 渡邊 光太郎
三菱スペースジェット「M90」
三菱スペースジェットは、5月から新型コロナウイルス感染症による航空不況対応で、開発体制を縮小する検討を始めた。
主力モデルになるはずだった「M100」の開発を休眠とした。6月15日には、型式証明取得のため、当時はライバルだったボンバルディア出身で、開発責任者に就任していたアレックス・ベラミー氏の交代が発表された。
開発体制の方向性が定まらないように見え、いろいろな方向から批判されるのであろう。
開発の遅れを重ねてきた上、さらにコロナ禍の影響まで受け、スペースジェットに関する報道や論調は、悲観論と批判一色である。
確かに、開発遅延や開発費の肥大化など、スペースジェットにはネガティブに語ることのできるネタはいくらでもある。
では、本当に暗い展望以外、描きようがないのだろうか。
スペースジェットの開発遅延のみに注目すれば、確かに良い状態ではない。しかし、将来性は競合先との関係や航空機市場での位置づけによっても決まるものである。
スペースジェットには、まだまだ戦える要素はいくらでもあるのだ。
実はライバルもボロボロ
三菱スペースジェットがスタートした時、ライバルは事実上2社いた。カナダのボンバルディアとブラジルのエンブラエルである。
細かいことを言うと、中国やロシアにも近いサイズの機種があるが、これらはスペースジェットが目指す北米市場には出てこない。
ライバルだった2社のうち、ボンバルディアはリージョナルジェットの製造から撤退することになり、サービスやマーケティングなどの機能を三菱重工業に売却している。
これらの組織は三菱重工傘下のMHIRJとなった。
この結果、スペースジェット拡販のために三菱重工が喉から手が出るほど欲しかった経験を、組織ごと得ることができた。
ライバルの1社は、三菱重工に吸収されるように消えたのだ。
残るライバルはブラジルのエンブラエルとなる。こちらは、確かに年間100機前後のリージョナルジェットを販売しており、威勢が良いように見えた。
しかし、近年は単独でリージョナルジェットの製造・販売を継続することが苦しく、ボーイングとの資本提携交渉を始めていた。
ところが、最量販機であるボーイング「737」の度重なる事故や新型コロナの影響で、ボーイングが資金的に苦しくなり、この提携交渉は破談になった。
これに不満なエンブラエルは仲裁を申し立て、法的紛争になってしまっている。しかし、資本提携を復活させることは現状では厳しいと考えられている。
もちろんエンブラエルもコロナによる航空機需要激減の影響を受けている。期待していたボーイングとの資本提携も流れ、決して、元気な状況ではない。
これまで、ボンバルディアだけでなく、コンベア、ロッキード、サーブなど、旅客機製造を断念した企業は多い。
エンブラエルでさえ、リージョナルジェット製造をギブアップ宣言する可能性は決してゼロではないのだ。
M100が完成すれば優位性も
リージョナルジェットと呼ばれる旅客機の主要市場は米国なので、三菱重工もエンブラエルも主戦場は米国である。
この米国には、航空会社の労使協定にスコープクローズというものがあり、リージョナルジェットは最大離陸重量39トン以下、座席数76席以下に制限されている。
これが緩和されるとの見通しの下、三菱重工はスペースジェットの現行機種M90の開発を進めた。
しかし、スコープクローズは現時点では緩和されておらず、M90は完成しても主要市場で売れないという状況になっている。
この見通しを誤ったことでも、三菱は非難されている。しかし、実はエンブラエルもスコープクローズ緩和について、予想を外しているのだ。
エンブラエルは既存の「E-JET」を改造し、ギアードファンエンジンを載せた「E-JET E2」という新型機を開発した。
このギアードファンエンジンは燃費が良く、三菱スペースジェットがエンブラエルに先駆けて採用し、三菱の売りになっていたものだ。
E2もスペースジェットと同じ「売り」を手に入れてしまったのだ。
結局、スペースジェットの開発遅れにより、E2が先に就航してしまったため、これも、先行したことによる優位性を失ったという非難のネタになっている。
ところが、このE2の機体サイズもスコープクローズの制限に入っていないのだ。
E2には3種類あるが、最小の「E175-E2」でも最大離陸重量44.6トンである。エンブラエルもスコープクローズ緩和を前提にE2を開発していたからだ。
米国市場においては、スペースジェットM90だけでなくE2も販売できない。エンブラエルは旧型のE-JETを販売するしかないのだ。
三菱はコロナ禍の前、スコープクローズ対応のM100の開発をM90と並行して進めていた。このM100はただ貨物室を縮小しただけではなく、構造的な改良を含んでいると言われている。
北米には76席で売るが、M90と同じ座席幅であれば84席まで積むことができ、88席のM90とそれほど客室のキャパシティには差がない。それでいて最大離陸重量は39トンを下回り、スコープクローズの制限に入るのだ。
エンブラエルは前述のとおり、厳しい状況なのでせっかく開発したE2を差し置いて新型モデルの開発をするような余裕はないだろうし、E175-E2の胴体を短縮して手軽に開発するとしても中途半端になるのではないか。
エンブラエルの新モデル「E-JET E2」。この写真はE195-E2。E175-E2、E190-E2、E195-E2の3種類があるが、最小のE175-E2でもスコープクローズの制限に入らない。
休眠が解除されM100が完成すれば、三菱スペースジェットは、米国市場において明らかに旧式で、燃費の劣るE-JETだけと勝負をすればいい。
勝ち目があるのだ。
もちろん、新型M100の価格は旧型E-JETよりも高くなるのだろう。しかし、航空会社としては三菱の方を選ぶ理由はいくつもある。
まず、旧型E-JETよりM100の燃費は優れる。長期的なコストは安いという説明は可能だ。
それに、航空会社としてはエンブラエルに市場を独占をさせると、エンブラエルが値引き販売をする理由がなくなるので、長期的には望ましくない。
また、機種を同系列に限定すると、ボーイング「787」のバッテリー問題のような不具合で飛行不能になると、保有する機体が全滅するリスクを抱えることになる。
三菱は、アフターサポートで不安視されていたが、ボンバルディアのサービス部門を丸ごと取得した。アフターサポートの不安もこれでかなり克服されている。
三菱はライバルのエンブラエルに対し、有利に戦いを進められるカードを持っているのである。
あとは三菱が我慢できるか
もちろん、スペースジェットは厳しい状況にあることは確かだ。縮小したとは言え年間600億円という開発費は、小さい金額ではないし支出は苦しい。
しかし、三菱重工を倒産させるような金額ではないだろう。三菱スペースジェットを守りきることは、絶対に不可能といったものでは決してない。
航空業界は、新規開発や市場の動きで苦境に追い込まれることが多い業界である。逆に、その苦境を乗り越えると、大きな利益が得られる業界でもある。
例えば、ボーイングはジャンボジェットの開発時に潰れかかったが、後にジャンボジェットはボーイングのドル箱になった。
また、三菱重工でも1980年代以前は航空部門は利益がなかなか出ない部門とされていたが、ボーイング製旅客機の部品製造が軌道に乗った90年代以降は、全社を支えるほどの利益を出している。
三菱重工は、かつて「MU-300」というビジネスジェットの製造権を、苦しい時に売り渡してしまった。後から売れ出した時の利益を逃し、赤字だけが残ったという苦い経験もある。
世間からも、社内からもスペースジェットには厳しい声も多いのだろう。しかし、ここであきらめると、損失だけが残ることになる。
税金500億円がスペースジェットに投入されていることも、三菱批判のネタになっているが、スペースジェットをやめてしまうと、この税金もすべてムダになる。
スペースジェットが終われば、損失確定となるだけでなく、YS-11やMU-300の断念による技術の伝承の断絶と同じことを繰り返すことになる。
スペースジェット開発で進めてきた旅客機開発体制の構築はやり直しになるが、やり直しの難易度は先になればなるほど上がる。
スペースジェットをあきらめれば、もう、復活できなくなるだろう。日本は完全に航空産業を失うのだ。
もうだめだとか、やめるべきだとかいうご意見もあるが、これらは続けることによって得られるかもしれない利益は考慮していない。
スペースジェットにはまだ勝算がある。雰囲気に負け、三菱だけでなく日本の損失にもなる決定がなされてはならない。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60942