米国の「バイオ・ゲノム企業」のすさまじい進化

8/13(火) 6:30配信

東洋経済オンライン

 足元、アメリカの株式市場が揺らぎ始めている。

 7月15日にダウ工業株平均株価が2万7359ドルの過去最高値を付けたのに続き、同26日にはNASDAQ総合指数も8330.21と最高値を更新した。

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 先行きの景気減速懸念がささやかれてはいたが、本格化している4~6月期の決算もおおむね堅調で、主力株も新興株もともに好調を維持していた。

 

  ところが7月31日、連邦準備理事会(FRB)が10年半ぶりの利下げに踏み切ったものの、パウエル議長が追加の利下げを否定し、市場の期待を裏切ると、翌8月1日にはトランプ大統領がすべての中国製品に関税を課す制裁第4弾を9月に発動すると表明、連日の大幅な下落につながった。
 
 さて、前回まで3回にわたり、注目テーマとそれに関連するアメリカ企業の情報をお届けしてきた。最終回となる本稿では、バイオ・ゲノム関連を取り上げる。

 

  バイオテクノロジーといえば、ITと並んでアメリカが世界の最先端をいく産業だ。

 

  しかしこの分野は、研究開発に多額の資金長い時間が必要なうえ、当たれば巨額の収益が得られるが、失敗すればすべてが水泡に帰すリスクの大きな世界だ。

 

  株価もそれを物語っている。この10年間のNASDAQ総合指数とNASDAQバイオテック指数の推移を比較したグラフを見ると、バイオテック指数は12年半ばより総合指数を上回って上昇を続けたが、チャイナショックや薬価に関するヒラリー・クリントン発言などの影響を受け2015年後半に大きく下落。その後の推移も、総合指数より振れ幅の大きな状態が続いている。
 
■バイオ医薬企業、各社で異なる得意分野

 

  バイオ医薬品企業で大手の筆頭と目されるのがアッヴィ(ABBV)だ。

  1888年創業で主にビタミンや静脈注射、麻酔薬などの製造で成長し、現在は栄養補助食品や後発医薬品、免疫検査・測定機器や血管系医療機器と多角経営を行っているアボット・ラボラトリーズ(ABT)から2013年に分離して誕生した。免疫疾患、ウイルス感染・C型肝炎、神経系を重点領域としており、主力の抗リウマチ薬「ヒュミラ」が収益の柱となっている。


2015年にファーマサイクリック社を買収し、血液がん治療薬「イムブルビカ」を獲得した。「イムブルビカ」は昨年1年間で約4割成長し、次の柱として期待されている。

 

■代表的なバイオ・ゲノム企業の株価推移

 

  同じく大手の1つに数えられるのがギリアド・サイエンシズ(GILD)。1987年の創業以来、HIV/エイズ、B・C型肝炎ウイルスなどの感染症治療・予防薬の開発を手がけ成長してきた。直近は、これまで売り上げの主力だったC型肝炎治療薬の「ハーボニー」「エプクルーサ」が大きく減少する一方、「ゲンボイヤ」「ツルバダ」などのHIV治療・予防薬が成長し、2018年は抗HIV関連が売上高の3分の2を占めるまでに拡大した。なお同社は、インフルエンザ治療薬として有名な「タミフル」の特許を保有している。
 
 神経疾患分野の先駆者であるバイオジェン(BIIB)は、主力の「テクフィデラ」のほか、「アボネックス」「タイサブリ」という多発性硬化症治療薬を持っている。これらの治療薬は日本ではエーザイと共同で販促を行っている。また脊髄性筋萎縮症治療薬の「スピンラザ」が前年比倍増と急成長しており、次の主力として期待が高い。

 

  中堅どころではアレクション・ファーマシューティカルズ(ALXN)やバーテックス・ファーマシューティカルズ(VRTX)を取り上げよう。

 

前者は超希少疾患の治療薬の開発に専念しており、発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)の補体阻害剤「ソリリス」が拡大を続け、収益を支えている。同じくPNH治療薬の「ユルトミリス」が2018年12月に食品医薬局(FDA)の承認を受け立ち上がってきた。
 
 後者は遺伝性の難病の1つである嚢胞性線維症治療薬の開発に特化した企業で、主力の「ORKAMBI」「KALYDECO」に加えて、「SYMDEKO」が3番目の柱として育ってきた。

 

■M&Aは日常茶飯事

 

  日本では昨年、武田薬品工業の製薬大手シャイアー買収が大きな話題となった。約6.8兆円という日本企業による買収額としては過去最大ということもあって大きくクローズアップされたが、この業界ではM&Aは日常茶飯事といっても過言ではない。前述のとおり、新薬の研究開発には多額の資金や長い時間がかかるため、資金力がモノをいううえ、有望なパイプラインをいくつも持っていることが有利だからだ。


今年に入ってから、大型のM&Aが相次いで発表された。

 

  まず1つが、大手ブリストル・マイヤーズ・スクイブ(BMY)によるセルジーン(CELG)買収。ブリストル・マイヤーズ・スクイブは1989年にブリストル・マイヤーズ社とスクイブ社が合併して誕生した医薬品企業で、腫瘍、心臓血管、免疫分野を主領域として事業展開している。主柱はメラノーマなどの免疫治療薬「オプジーボ」と抗凝固薬「エリキュース」で、この2つで売り上げの過半を占める。
 
 一方、買収される側のセルジーンはがんや免疫・炎症性疾患の治療薬を手がけており、主力の多発性骨髄腫治療薬「レブラミド」のほか、同「ポマリスト」や乾癬治療薬「オテズラ」を保有している。

 

ちなみにセルジーンは、2018年にCAR-T細胞療法と呼ばれるがん治療の先端技術を持つジュノ・セラピューティクスを買収している。

 

  今回の買収によりブリストル・マイヤーズ・スクイブは、がん治療薬の領域が拡大するほか、近い将来発売が予定される6つの新薬候補を獲得、ここから150億ドル以上の売り上げが期待できるとしている。
 
 2つ目がイーライ・リリー(LLY)によるロクソ・オンコロジーの買収だ。イーライ・リリーは1876年創業の老舗で、1923年にインスリンを実用化したことで知られている。現在は糖尿病、がん治療、バイオ医薬品にフォーカスしており、糖尿病薬の「トルリシティ」や「ヒューマログ」、抗がん剤「アリムタ」が収益を支えている。ゲノム定義されたがん患者向け治療薬に特化したロクソ・オンコロジーを買収することで、がん治療薬の領域拡大を図る狙い。すでに買収は完了し、ロクソは今年2月に上場廃止となっている。

 そして3つ目は、つい先日6月26日に前掲アッヴィが同業大手でアイルランドに本社を置くアラガン(AGN)を買収すると発表した。アラガンは皮膚科や美容医療、泌尿器科などの分野に強く、主力商品としてしわ改善薬「ボトックス」等を持っている。2020年初めごろに合併手続きが完了する見込みだ。

 

■最先端いく遺伝子治療

 

  今年3月、日本で初めて遺伝子治療が承認された。大阪大学発の医療ベンチャー、アンジェスが開発した足の血管再生治療薬「コラテジェン」で、7月末時点で販売に向け準備中とのことだ。


一方、遺伝子治療先進国のアメリカはどうか。

 

FDAがこの1月に発表したステートメントでは、現時点で800以上細胞・遺伝子治療に関する臨床試験が行われており、さらに2020年までに年200件の新たな臨床試験がスタートし、2025年までに年間10~20件を承認するとの見通しが示されている。

 

  バイオマリン・ファーマシューティカルズ(BMRN)は難病治療薬に特化したバイオ医薬企業で、ムコ多糖症治療薬「ビミジム」「ナグラザイム」、フェニルケトン尿症治療薬「KUVAN」が3本柱となっている。同社の遺伝子治療研究は血友病Aに対する治療薬で、この7月、2019年の第4四半期にアメリカと欧州で販売申請書を提出する予定と発表された。
 
 血友病の遺伝子治療薬の開発ではスパーク・セラピューティクス(ONCE)も注目だ。血友病Aでは第3フェーズ臨床試験が進行中なうえ、もう1つのタイプである血友病Bでもファイザーとの共同研究が臨床試験の第3フェーズにある。2013年創業の同社は、血友病のほか、失明や神経変成疾患などの遺伝性疾患の治療薬の開発も手がけており、遺伝性の網膜疾患治療薬「ラクスターナ」が遺伝子治療薬としてすでに市販されている。なお、2019年2月にスイスの大手ロシュが同社の買収を発表しており、9月完了の予定だ。
 
 サレプタ・セラピューティクス(SRPT)はデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療薬「エテプリルセン(EXONDYS51)」をアメリカで発売している。2018年12月には、同じくデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療の新薬「Golodirsen」の承認申請を提出した。デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝子治療分野では2018年1月に上場したばかりのソリッド・バイオサイエンシズ(SLDB)も注目だ。

 

  リジェネックスバイオ(RGNX)は、網膜、ムコ多糖症、高コレステロール血症等の疾患に対する遺伝子治療薬の開発を行うほか、遺伝子治療に用いられるウイルスベクターの開発も進めている。これらウイルスベクターに関しては100以上の特許・独占的権利を保有しており、他社へのライセンス供与も行っている。


遺伝子治療薬の研究開発には、遺伝子などの解析のための機器やアプリケーションが必要だが、こうしたソリューションを提供している企業がイルミナ(ILMN)だ。DNAの塩基配列解読装置や関連キットなどを開発・製造し、大学の研究機関や医薬品企業の研究所などに販売している。なお2018年11月に同業のパシフィック・バイオサイエンス(PACB)買収を発表した。

 

将来の有望分野は遺伝子治療

 

  ここまでいくつか紹介してきた遺伝子治療薬の開発企業は、業容の特性上、売上高がほとんどなく、開発費負担が先行するため赤字が続いている。それでも新薬として承認され、広く認知・活用されるようになれば巨額の収入が期待できるため、各社が研究開発にしのぎを削っている。大企業も将来の有望分野として遺伝子治療に注目しており、共同研究を行ったり、買収して技術や人材を取り込んだりと余念がない。
 
 ネットメディア「米国IPO週報」によると、2019年1月から7月までのIPOは97社あり、このうち医薬品関連が39社と全体の4割を占めている。欧州企業のほか、最近では中国企業の台頭もめざましく、一段と競争は激化してきている。絶えず変化を繰り返す、振幅の大きな業界だけに、今後も目が離せない。
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加藤 千明 :東洋経済『米国会社四季報』編集部

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190813-00296665-toyo-bus_all&p=1