現代ビジネス

日本人は知らない…国民が働かなくても「豊かに暮らせる国」の正体


世界の小国たちの知られざる国家戦略 
 

岡村 聡
S&S investments CEO

 
異常なニッポン

日本では昨年末に、経産省と産業革新投資機構(JIC)の経営陣との対立が話題となりました。


JIC取締役と対立した世耕経産相〔photo〕gettyimages

 

JICは約2兆円もの投資能力を持つ国内最大の官民ファンドだが、昨年、民間出身の取締役と経産省側が報酬水準をめぐって対立。最終的に民間出身取締役9人全員が辞任するという異例の事態に発展したことは記憶に新しいでしょう。

 

日本人にとっては官民ファンドの在り方について考えさせられる一件だったと言えますが、世界から見ればこれは少しおかしな風景に見えていたかもしれません。世界を見渡した時、政府系ファンドの存在感や役割が日本とは大きく違っていることが背景にあるからです。

 

では、グローバルでの政府系ファンド (SWF)の活動内容や位置づけはどうなっているのか。どのような人物が中核を担っていて、報酬はどうなっているのか。日本ではあまり知られていないそんな世界の政府系ファンドの実態について紹介したいと思います。

 

国民が働かなくても食べていける

 

その役割や資金源は様々ですが、政府系ファンドについてのデータをまとめているSovereign Wealth Fund Instituteの調査によると、残高でみた時の政府系ファンドのグローバルトップ10は下記のようになっています。

 

1位;Government Pension Fund (ノルウェー)=1兆ドル(約110兆円
2位;China Investment Corporation(中国)=9400億ドル(約100兆円)
3位;Abu Dhabi Investment Authority(UAE)=8300億ドル(約90兆円)
4位;Kuwait Investment Authority(クウェート)=6400億ドル(約70兆円)
5位;SAMA Foreign Holdings(サウジアラビア)=5100億ドル(約56兆円)
6位;Hong Kong Monetary Authority Investment(香港)=4600億ドル(約50兆円)
7位;SAFE Investment Company(中国)=4400億ドル(約48兆円)
8位;GIC Private Ltd(シンガポール)=3590億ドル(約39兆円)
9位;Qatar Investment Authority(カタール)=3200億ドル(約35兆円)
10位;National Social Security Fund(中国)=3000億ドル(約32兆円)

 

これらの政府系ファンドは大きく2つに分かれ、

 

ノルウェーやクウェート、サウジアラビアに代表される産油国の莫大な国家収入の余剰を運用しているものと、

 

中国やシンガポールのように国家予算をつけたり外貨準備を活用したりして、産業振興や国庫を富ませるために運用しているものに分けられます。

 

残高で上位に入っているノルウェーやアラブ首長国連邦 (UAE)のアブダビ、クウェート、カタールといったリッチな小国の政府系ファンドは、国民1人のあたりの残高が極めて大きいのがまた特徴です。

その数値を見ると、

 

ノルウェーは国民1人あたり約20万ドル(約2200万円)、

アブダビは同150万ドル(約1.6億円)、

クウェートは同60万ドル(約6500万円)、

カタールは同100万ドル(約1.1億円)

 

となっており、家族単位で考えると1億円かそれ以上の残高になります。

 

これがなにを意味するかというと、ファンドがグローバルの資産運用の平均である年率5%のリターンを達成できると、ファミリー単位で500万円以上、アブダビやカタールでは数千万円の年間所得が得られることになります。

 

極論すれば、国民が一切仕事をしなくとも政府系ファンドの運用収益だけで食べていける状態です


Abu Dhabi Investment Authoritynoの入るビル〔photo〕gettyimages

 

こうしたリッチな小国の政府系ファンドの主眼は、いずれ先細りとなる資源からの収入を代替させて、国民の豊かな生活を維持することにありますから、運用実績さえ残せば他の要素はあまり考慮されません。当然、優れた運用手腕がある外国人も高報酬で積極的に登用しており、数百万ドルからポジションによってはそれ以上の報酬が提示されるケースもあります。

 

同時に、国家経済への影響が大きいので厳しい競争主義が適用されており、私の知り合いで大手投資銀行からアブダビの政府系ファンドに転身した人物も、激しい競争に疲れたらしくわずか2年程で再度投資銀行に戻っていました。

 

運用成績はなんとGPIFの「2倍超」…

 

失敗案件続きの日本の政府系ファンドがどこに投資しようと、海外の機関投資家が注視することはまずありませんが、上記のような長く国家経済の根幹を担ってきて、さらに優れた運用実績を残している政府系ファンドの動向にはマーケット関係者から高い注目が集まります。

 

たとえば残高でトップの、ノルウェーの政府系ファンドは世界中の全上場株式の約1.3%を所有しており、じつは単一の組織で見ると世界最大の株主です。まさに、世界経済の大株主といえる存在感で、そのポートフォリオが見直されるタイミングでは大きな注目が集まります。

 

例えば2013年にノルウェーの政府系ファンドは欧州中心のポートフォリオからシフトするために、初めてNYやボストンといった米国の不動産に投資を行い注目を集めましたが、今から振り返っても投資してからの5年で米国不動産は大きく上昇し良い判断だったといえます。

 

ヘッジファンドやプライベート・エクイティ (PE)ファンドの世界での存在感が強いのはアブダビ投資庁 (ADIA)で、ここが資金を入れていることが他の機関投資家から一流のファンドであることの裏付けとみなされるほどです。

 

一方、こうした資源国の余剰資金と異なって、政府の外貨準備や国家予算を活用しての政府系ファンドにも成功例があります

 

そして、その最たるものが私が暮らしているシンガポールGICテマセクという2つのファンドです。

 

GICは上記にランクインしていますし、テマセクも運用資産約2000億ドル(約22兆円)で全体の12位に入っています。


〔photo〕gettyimages

シンガポールの政府系ファンドが優れているのは運用実績です。

 

テマセクは1974年に設立されてからの平均年率リターンが15%と、どんな優れた民間のファンドも顔負けする素晴らしい成績を残しています。規模が大きくなり、かつITバブル崩壊とリーマンショックという大きな経済危機が2度あったにもかかわらず、ここ20年でも平均7%と素晴らしい実績を残しています。

 

一方のGICもテマセクには見劣りするものの、ここ20年での平均年率リターンが5.9%と規模を考えると優れたリターンを残しています。規模がこれらの政府系ファンドよりもさらに大きい上に年金基金であるため組織としての性格も異なるので単純な比較はできませんが、日本の公的年金の運用を司るGPIFの2001~16年度の平均年率リターンが2.5%しかないことからも、シンガポールの政府系ファンドの運用実績が優れていることが理解できるでしょう。

GICやテマセクには、一流の投資銀行やコンサルティングファームで実績を積んだ人材が多数参画しています。経営陣はトップダウンの国家運営が徹底されているシンガポールらしく著名政治家ばかりで構成されていますが、政治家とビジネスマンという属性が全く異なる人材がうまくコラボすることで、シンガポールの国全体の方針に沿いながら高いリターンをあげることに成功しています。


国民全員にボーナス

 

シンガポールの政府系ファンドの運用成績次第では国民にも広く恩恵があります。

 

例えば2017年度には国全体の予算が96億SGD (約7700億円)の黒字となったことで、シンガポールの国籍(市民権)を所有する成人全員に対して100SGD(約8000円)~300SGD (約2.4万円)の現金が国からのボーナスとして支給されました。

 

シンガポールの政府予算全体の20%弱が上記のGICやテマセクなど政府系ファンドの運用からのリターンで賄われていますから、こうしたファンドの運用が好調である事が良好な財政収支につながり、国民への現金支給という分かりやすい形での還元も可能となるのです。

 

慢性的な巨額の財政赤字に苦しんでいる上に、政府系ファンドの運用実績も全く芳しくないために、政府の運用がうまくいったことでの現金ボーナスなど望むべくもない日本人としてはうらやましい限りの状況です。ちなみに、外国人として就労ビザで滞在している私たちはシンガポールに住んでいても、このボーナスは受け取れませんでした。

 

もちろん、シンガポールのように政府系ファンドの運用で成功している国ばかりではなく、直近では上記にもランクインしているサウジアラビアの政府系ファンドで、経済改革の旗印として欧米の著名な投資銀行マンを複数雇って、テック企業を中心に世界中で積極的な投資を行ったものの、強権ぶりが欧米社会から批判されているムハンマド皇太子のファンドへの大きな影響を嫌って、その多くがすぐに辞任してしまっているといった事態も起きています。

このように、国家によって位置づけや戦略は様々ですが、長期間にわたって優れた成績を残している政府系ファンドはいずれも組織のミッションが明確になっていて、それと整合性が取れた形での人材の登用ができています。

 

設立間近になって経営陣と監督官庁との意思の齟齬が明らかになった日本のケースでは、設立にこぎつけていたとしても上記にあげたような成功は望むべくもなかったでしょう。

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/59934