日刊ゲンダイ
国際弁護士・猿田佐世氏 予定調和の日米関係を打破すべき
次の米大統領は誰になるのか。日本への影響は?スーパーチューズデー以降、米大統領選への関心が高まっているが、ここで押さえておきたいのは、こと日米関係に限って言えば、誰がなっても変わらなかった過去があることだ。
ホンのひと握りの「知日派米国人」と日本の官僚、政治家、大企業、メディアによる「ワシントンの輪」みたいなコミュニティーがあって、そこで予定調和的に物事が決まってしまう傾向があるからである。
このシステムに敢然と挑もうとしているのが国際弁護士であり、新外交イニシアティブ事務局長の猿田佐世氏だ。
■辺野古の基地も集団的自衛権行使も日本政府が望んでいる
――猿田さんは日米で弁護士資格を取られている。稲嶺進名護市長の訪米を企画運営されたり、翁長雄志沖縄県知事の訪米でも同行国会議員、県議団のアレンジをされるなど、基地問題を巡り、ワシントンを動かすロビー活動を積極的にされている。キッカケはあまりにも米国の連邦議会議員が沖縄を知らないことに驚かれたと聞いていますが?
そうです。2009年に鳩山首相が普天間基地の沖縄県外移設を提案しました。その際、米下院の沖縄問題を担当するアジア太平洋小委員会のトップの議員に私が会ったら、辺野古という単語も知らないばかりか、「沖縄の人口は2000人か?(正解は140万人)」と聞くんです。このとき、辺野古移転を求めている「米国」って、一体、誰のことを指すのだろう、と思いました。
――沖縄問題担当の議員ですら何も知らない?
昨年、米国の軍事予算を決める国防権限法の文言を変えるためにロビー活動をしました。条文に「辺野古が唯一の選択肢」という言葉が入っていたので、削除を働きかけました。すでに下院では法案が通っていたのですが、ロビーしていても下院議員はこの条文の存在すら知らなかった。削除を求めるのに基地問題の最初から話さなければなりませんでした。最終的にこれを削除することに成功しました。
日本に対して影響力があるのは、確かにそうした人たちです。でも、彼らが自分たちの意向を米国の意向として日本に押し付けているかというと、それだけでなく、実は日本の意向もある。日本政府は莫大な資金を米国のシンクタンクに提供したり、米国でロビイング活動をしたりしています。そうやって、知日派やシンクタンクを動かして、自分たちが日本で進めたい政策を米国から後押ししてもらう。そういう構図もあるんですね。
ワシントンの知日派、シンクタンクなどを通じて、日本の意向を拡大させる。私はこれをワシントンの拡声器効果と呼んでいます。JETRO(日本貿易振興機構)のCEOがワシントンの有力シンクタンクで基調講演し、それを日本で大きく報道させる。そういうこともやっています。ただし、思ってもいないことを米国の知日派に言わせるのであれば、捏造、偽造ですが、そうではありません。相乗効果としての「拡声器」効果という言葉が適切だと思います。
米国では反対運動が盛り上がっているTPP
――その拡声器効果のために、日本政府はどれぐらいのお金を使っているんですか?
ブルッキングス研究所には日本大使館から2900万円(2013年)、JICA(国際協力機構)から2500万~3000万円(2012年)、CSIS(戦略国際問題研究所)には日本政府から6000万円以上(2014年)と、米国側が公表した数字はありますが、知り合いの新聞記者が日本の各省庁に取材したところ、日本からそういう数字は出てこなかった。出どころが不透明なんです。日本政府が2013年までに3年間で1億3600万円を払ったロビイスト事務所はTPP推進議員連盟を米国議会内につくってます。
――TPPも米国からの外圧のように報じられていますが、日本が議員連盟をつくらせたわけですか?
米国ではTPPに慎重な態度をとる人も多い。今では米国の方が反対運動が盛り上がっているくらいです。
――日米関係に影響力を持つ知日派と呼ばれる人はどれくらいいるんでしょうか?
私のインタビュー調査では5~30人との回答でした。
――たったそれだけですか? だとすると、大統領が誰になっても日米関係はそうした人が仕切ることになる?
トランプ、サンダースがあれだけの人気を得ていることでも分かるように米国は多様性の国です。でも、そもそも日本への関心があまりないんですね。日本自体は経済大国だし、米国にとっても重要な国ですよ。しかし、日本はずっと米国の意向に反することは基本的にやらないので、米国も日本に対して新しい政策を打ち出す必然性がない。新大統領が今までと異なる対日政策を考える発想そのものがないと思います。
――それは日本側にも問題がありそうですね。
米国は日本のことをとても与しやすい国だと思っているでしょうね。近年日本が従来の日米関係から少し踏み出した政策を打ち出したのは鳩山首相の時くらいです。だから、5~30人の知日派、エキスパートがいれば十分なのです。米国には中東や欧州の専門家はもっと多いんですが、それは一筋縄ではいかない国が多いからです。
官僚はすごく優秀だし、懸命に仕事をしておられる。ただスムーズな日米関係こそが国益に資すると考える方が多いのではないでしょうか。
■沖縄返還を言い出せなかった忖度(そんたく)外交の過去
――もっと日本側が主張すれば、米国の日本の見方も変わるんじゃないですか?
そう思います。鳩山さんみたいに「県外移設」という政権が続くとなれば、米国も対応を真剣に検討しなければ、ということになる。
――辺野古移転にしてもアーミテージ氏ですら「県民が反対であれば造れない」みたいなことを言っていますよね? 日本政府が辺野古を譲らないのは誰の意思なのか。忖度なのか、遠慮なのか。
安倍首相には軍事力に対する強い信奉があるように思います。軍事予算を増やし、軍需産業を育てて立派にしていきたい。安倍さんだけでなく、周辺もそういう価値観なのだと思います。
▽さるた・さよ 1977年生まれ。早大法卒。コロンビア大で法学修士。アメリカン大で国際政治学修士。日米で弁護士登録。2013年に国境を超えて政策提言、情報発信するシンクタンク「新外交イニシアティブ」を創立し、事務局長として活躍中(会員募集中)。評議員には元内閣官房副長官補の柳沢協二氏やジョージ・ワシントン大教授のマイク・モチヅキ氏、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏がいる。