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高橋優の曲を聴いて ~素晴らしき日常~

今日の不信任決議案が否認されましたね。

ずっと中継を見ていましたが、出たのはため息だけ。

もっと大切なことを見つめるためにもブログを書いてみます。


タイトルの通り、シンガーソングライターの「高橋優」さんについて。

高橋優さんを知ったのは去年の秋のイベントFMの試験放送で曲が流れていたのを聴いたときでした。

すごくきわどい歌詞でありながら、切実で正直に自分の思いを歌っているという印象でした。


こんな歌詞をイベントFMの試験放送で流していいのかなぁと思いながら聴いていたんですが、高橋優さんは秋田県横手市出身の方なんですね。

それも僕と2つしか違わない。

凄い親近感が湧きました。


ラジオで流れていた曲は「素晴らしき日常」というのですが、その歌詞について触れてみたいと思います。


麗しき国に生まれ育ってしまったために

どれもこれもあった当たり前の日々を生きて

完璧なものだけを欲しがっていった始末に

完璧じゃない人間を遠ざける人々


まず上記のような歌詞に共感しました。

完璧主義や合理主義を求めて曖昧さを排除していったことが自分の心を傷つけているのではないか。

また他人に対しても同様になってしまう。

非常に西洋的な流れではあると思うのですが、「まぁ~いいじゃない」っていう寛容でおおらかな部分って多くの人が失っているんだろうなぁと・・・


それともうひとつ印象に残った歌詞があります。


まだ歩くことはできるかい?転んでも起き上がることはできるかい?

そこから覗いてる景色は天国でも地獄でもない先進途上国


この先進途上国という言葉。

曲を聴いてると「精神途上国」に聞こえたりするんです。

これを聞いて思い出していたことがあります。

それは支援しているミャンマーやカンボジア、スリランカの子供たちのこと。


東京に行ってNPOの方々から話しを聞いてきた際に、日本語研修プログラムというものがあるという話を聞いてきました。

彼らが日本に来て日本語を習い、農作物の作り方など日本にあるノウハウを勉強して帰るというプログラムがあるのですが、3ヶ月ほど日本に滞在して帰国した彼らの手紙を拝見させていただきました。


その手紙には感謝の意とこれから自分たちがやっていくことを日本語で書かれていました。

小学3年生くらいまでの漢字が使われていました。

たった3ヶ月ほどでここまで日本語を覚えて帰った子供たちに驚かされました。

よほど真剣に勉強に取り組んでいたに違いありません。


そしてNPOの方が言っていたこと。

彼らは発展途上国からリーダーとして来ている。

誰もが日本に勉強に来れるわけではない。

日本で勉強していったことを帰国したあとに活かしていく人たちだと。


日本に来て大きなビルを見て目を輝かせるような子ではダメだ。

彼らは帰国した後に大きな現実が待っている。

現地でリーダーになる彼らには自分達のやるべき事がわかっているのだと感じました。


戦後大きく物質的な発展を遂げた日本。

なにか大きな精神的な遺産を残して進んできてはいないだろうか。

今一度、原点回帰して物質面と精神性ともに豊かだる社会になるようにと思います。




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お休み日記

今日はお休み。明日は親父の誕生日。

よしっ!プレゼントを買いに行こうと思ったら・・・計画がバレバレ

親父がメガネ欲しいということで、十文字にある行きつけのメガネ屋(エルピス )を一緒に見に行くことに。


車を走らせていると、国道沿いのパチンコ屋には平日だというのに車が結構停まっている。

田舎で流行るのはパチンコ屋と病院だけかと思うと、横手の将来が心配になる・・・


メガネも決まって、帰りに道の駅でトイレ休憩。

そこで目についた一枚のチラシ。

「よこてジャリ銭バトル寄席」

歌手、マジシャン、パフォーマーが集まって「愉快な笑いの時間のはじまりで~す。

おおっ、噂に聞いていたジャリ銭バトル。


6月18日(土)ワイワイプラザにて夜7時から開催。

無料でおもしろかったら投げ銭する・・・

う~ん・・・楽しそう♪

見に行きたいなーー

やっぱり面白いことで横手が盛り上がってくれたらといいなぁと思います。




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伝えるということ

今日はラジオのアナウンス研修に行ってきた。

初めての研修だったので、話し方について勉強するんだろうな~と思っていったらちょっと違った。

「正しく話すことよりも聞き手を意識して伝える」ことを講師の先生が強調していた。


ラジオでは聞いている人が見えない。

それはブログでもツイッターでも同じ。

このブログを書きながら、誰が読んでいるかちょっと想像してみた。


スピリチュアル好きな人かな。

個人的な友人かな。

どちらにしても見てくれてる人にとって何か伝わるものがあればいいなと思う。


ひと昔は伝える側の人はごく一部の人たちだった。

本を書く人やテレビに出る人、指導者など。

今はインターネットが普及して個人がどんどん情報を発信する時代になった。

だからこそ受けても送り手も情報をしっかりと扱わなければいけない責任があると思う。


「情報処理能力」

それは情報を集めることではなく、取捨選択してしっかりと見極めなければ、情報に混乱してしまう。

情報を送る側も受け取る人のことを考えていかなければいけないのだろう。


良くも悪くも情報があぶれている社会で、惑わされずにシンプルに生きることっと案外難しいのかなと思う今日この頃です。



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