さて、私の体験談も高校3年の夏となった。
前年の夏を経験し、「勢いの継続を狙った応援」、「イニングの合間の雰囲気づくり」は自分達のスタイルになった。指揮者もMassa氏に固定され、レパートリーも増えたとはいえ限られている。言うなれば無茶ぶりの範囲も限定されてきた(笑)
この夏の桜井は戦力的には前年の甲子園に行ったチームよりも上だったと思うが、秋、春ともに結果が出ていなかった。
自分達の年代の選手達なのにあまり記憶がない。これは前年が応援の形を作り上げる過程があったのに対し、この年は前年の形を踏襲するだけ、ということがあるだろう。
なお、吹奏楽部は1年生がそこそこ入ってきたので、スーザフォンでバディを組む相手は、後輩のGに代わった。
ただ、Gは宗一郎と比べ難点があった。チューバ吹きとしてのテクニックは私や宗一郎よりもGが上である。しかしGの音には魂がない。野球の応援で必要なのは技術よりも魂であると思っている私には、Gは少し不満のあるパートナーである。さらにいえば、応援で出来た雰囲気に対するノリも悪い。Gはかなり不満のあるパートナーである。
1回戦は勝利。2回戦はクラスメイトでもあるキャプテンの城のホームランなどで勝利した。この2試合で覚えているのは、城のバッティングぐらいだ。また、バッティングについては、その後で城と話をしたから余計に覚えているのだと思う。
3回戦である。桜井はエースの竹村ではなく、2年生のピッチャーを先発させてきた。2年生のピッチャーは星稜と練習試合をした際、騒がれている4番打者(松井秀喜)から三振を奪ったということで、ちょっと話題になっていた。
しかしこの作戦が裏目に出てしまう。序盤から失点を重ねてしまい、大きなビハインドを背負ってしまった。
ここでエース竹村が登板し、相手の攻撃を完全に止める。この日は投手起用が完全に裏目に出た試合だった。
追い詰められた9回、負けているので代打攻勢になる。隣のクラスの桜田がバッターボックスに入った。体育など一緒に受けている授業があるので知っていた。痛烈な打球がセンター前に抜けた。もちろん、ヒットの時のテーマソングを演奏した。
演奏後、トランペットのコレが
「今ヒット打ったの誰だった?」
と聞いてきた。
「桜田だけど」
「ひとちゃん(コレと桜田は中学以前からの友人なので、コレは桜田のことをこう呼んでいる)か、本当にひとちゃんか」
「本当に桜田だ」
するとコレは笑顔のままその場に崩れた。
「ひとちゃんがヒットを打った、やったぁ」
その後立ち上がり
「ひとちゃんがヒットを打ったぞ、イエーイ」
と叫んでいた。
試合は反撃も及ばず敗れた。みんなが色々な表情をする中、コレは
「俺、ひとちゃんがヒット打ったからこれでいい」
と繰り返し言っていた。
後日の話になるが、桜田とたまたま話をする機会があった。そこでヒットを打った時のコレの話をした。桜田も喜んでくれた。
私はこの出来事から多くの事を学んだ。
9回、追い詰められての控え選手の一打席、ここにはその選手をめぐる多くのドラマが色々こと。そしてその一打席を与えられるためには、影の努力が必要なこと。さらにいえば、影の努力を見ているヤツがいて、心から応援しているヤツもいること。
私の高校野球に対する見方が変わったと言っていい瞬間だった。
これまでの私は
「どうすれば勢いが続くか」
「どうすれば球場全体の空気をこちらに持ってこれるのか」
を意図して応援していた。どうしても試合に出ている選手に目がいっていたのは否定できない。
また、実際に野球部員で触れる相手も、1年生の時のクラスメイトの竹村(3年次エース)か、3年生の時のクラスメイトの城(ホームランに代表されるようにチームの大黒柱)という主力選手ばかりだったので、そういう目になっていたのかもしれない。
高校時代最後の試合で気づかせてもらって本当によかった。
そういう点では、桜田のセンター前ヒットは忘れることがない瞬間だ。