毎年、この時期の恒例行事として台本に目を通す。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%95%B7%E9%A6%99%E4%BA%8B%E4%BB%B6
日本の敗戦に伴って元日本兵たちは
「武装解除」に迫られる事態に陥った。
その時に彼らの脳裏を過ったモノとは…。
《労働者として連れてきた朝鮮人に殺される》。
そうなる前に何らかの手を打つ必要があった。
この事件に関する資料は、
元KGBの裁判記録に明記されている。
特に思想的に旧ソ連派でもなく、真実を追求しただけ。
それがジャーナリズムの真骨頂と学んだ期だった。
事の発端はラジオの効果音担当者が
私の件をTVディレクターに話した事。
1月から始めて年末まで、
その間の取材で修正・加筆の連続で、
台本が何回も書き換えられた。
これと並行しての作業だった。
(本業と並行しての日々)
この仕事で初めての挑戦は、
必要以上に飾らない事だった。
フルストリングス(室内楽)で基礎を固めて
当時の悲壮感を醸し出し、
主人公の悲哀を1本のオーボエに託す技法を用いた。
