洋楽化石人類・番外編
     シャルルボワG7サミット記念

 ケベック(Québec)出身者特集
  「音楽でも、ケベコワ魂が炸裂だ!?」

 

 

 2018年6月8日から9日まで、カナダのケベック州シャルルボワ(Charlevoix)で主要国G7サミットが開かれます。それを記念しまして、洋楽化石人類では番外編として昔と今の、洋楽界のカナダ・ケベック州出身の皆さんを特集します。G7議長国カナダのジャスティン・トルドー(Justin Trudeau)首相も、かつて首相を務めたお父さんはケベック州の出身でした。
 言葉も文化もアメリカとヨーロッパの交差点、ケベックの出身者を英語でもフランス語でも「ケベコワ(Québécois)」と言います。セリーヌ・ディオン(Céline Dion)のように英語で歌い全米チャートを何度もにぎわせた人もいれば、ミレーヌ・ファルメール(Mylène Farmer)のようにフランスで長く活躍している人も、レナード・コーエン(Leonard Cohen)のように「我が道を往く」音楽人生を全うした人も、シンプル・プラン(Simple Plan)のような人気ロックバンドもあってバラエティに富んでいますが、まずは、まだローティーンの時、70年代の日本で突如として人気に火がついたこの方から……

(YouTubeの画面をクリックして動画をお楽しみください)


●ルネ・シマール(René Simard)「ミドリ色の屋根」
1974年に日本で最も有名だったケベック州出身のシンガーと言えば、間違いなくこの少年でした。ケベックシティの北にありG7サミット会場も遠くないシクーティミの生まれ。13歳で第3回東京音楽祭に出場し、この日本語曲でグランプリを受賞して一躍、日本じゅうの女の子をキーキー言わせるアイドルに。日本公演で若き日の山下達郎さんがバックコーラスを務めたという〃伝説〃も伝わっています。57歳の現在もモントリオールで音楽活動を続けていて、2003年にフランスの名曲のカヴァーアルバムを出し、2015年には久々のオリジナルアルバム「Nouveau rêve」を発表しています。


●セリーヌ・ディオン(Céline Dion)「ビコーズ・ユー・ラヴド・ミー(Because You Loved Me)」
現在、日本で最も有名なケベック州出身のアーチストと言えば、間違いなくこの人でしょう。モントリオール郊外のシャルルマーニュという町の生まれ。英会話学校のCMでは「英語が話せなかった」と言っていましたが、アメリカのビルボードチャート1位に4曲、フランスのSNEPチャート1位に6曲入っています。日本語では映画『まぼろしの邪馬台国』(2008年)の主題歌も歌うなど、世界制覇。この曲は1996年の映画『アンカーウーマン』の主題歌でした。


●ガルー(Garou)「Seul」
本名ピエール・ガラン。アメリカ国境に近いSherbrooke生まれ。ミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』のカジモド役で同郷の先輩ブリュノ・ペルティエと共演し、注目されました。セリーヌ・ディオンとデュエットした2001年の「Sous Le Vent」が欧米でヒット。カナダよりはフランスでの活躍のほうが目立っている人です。


●ジノ・ヴァネリ(Gino Vannelli)「アイ・ジャスト・ワナ・ストップ(I Just Wanna Stop)」
モントリオール生まれですが、フランス系ではなくイタリア系です。地元の名門マギル大学を卒業した後、1973年にあのLAの「A&M」からデビューし、1978年にいわゆるAORのこの曲で全米チャート4位。ポップスよりはフュージョン寄りの人ですが、豊かな音楽性とソングライティングの才能で同業者からリスペクトされる「ミュージシャンズ・ミュージシャン」です。


●コリー・ハート(Corey Hart)「ネバー・サレンダー(Never Surrender)」
モントリオール生まれ。1985年発売のこの曲は全米チャート3位までいき、続いてプレスリーのカヴァー「好きにならずにいられない(Can't Help Falling in Love)」もヒットしましたが、日本では「一発屋」扱いで、同じカナダ出身のブライアン・アダムズの後塵を拝していました。その頃、ルックスを買われ映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』主演の話がきたのを断ってマイケル・J・フォックスに譲るという、惜しいことをしています。現在はソングライターとしてセリーヌ・ディオンなどに曲を提供しています。


●レナード・コーエン(Leonard Cohen)「ハレルヤ(Hallelujah)」
モントリオール出身。名門マギル大学卒で最初は詩人として世に出ました。ボブ・ディランのプロデューサー、ジョン・ハモンドの勧めで1967年に「現代の吟遊詩人」という触れ込みでレコードデビュー。1984年の「ハレルヤ」は名曲の誉れ高く、カヴァーも多数あります。この人はユダヤ系ですが、修行を積んで臨済宗の禅僧になりました。音楽も禅問答のように難解でインテリ好み。2016年11月入寂。


●オスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)「酒とバラの日々(The Days of Wine and Roses)」
ジャズファンでなくてもその名を知るジャズピアノの〃レジェンド〃はモントリオール出身です。NYのハーレムやニューオーリンズあたりだと思っていませんでしたか? 1980年、出身地が「モントリオール国際ジャズフェスティバル」の誘致に成功。本人も1989年に出演して賞をとり、ケベコワたちの大喝采を受けました。グラミー賞7回受賞+生涯功労賞。2007年死去。


●マッシュマッカーン(Mashmakhan)「霧の中の二人(As The Years Go By)」
ルネ・シマールくんに先立つこと3年前の1971年1月、ビートルズですら成しえなかった洋楽初のオリコンチャート1位を達成。ケベック州出身のロックバンドでは日本で最も知られる存在でした。モントリオール郊外、セントローレンス川に浮かぶペロ島で結成。「英語が変だ」と日本人に言われましたが、〃母州語〃フランス語だったら日本でヒットしなかったはずです。1971年、来日を果たした直後にあっさり解散。


●シンプル・プラン(Simple Plan)「Welcome To My Life」
現在、ケベック州出身では日本で最もよく知られているロックバンドがこれでしょう。1999年にモントリオールで結成。5人全員フランス系ですが歌詞は英語です。ポップで素直なパンク路線。2004年のこの曲はカナダのチャートで1位になりました。みな親日家で東日本大震災直後には1万ドル寄付してくれたとか。


●ミレーヌ・ファルメール(Mylène Farmer)「Rolling Stone」
書く曲はきわどく、PVはアーティスティックで、ステージはファッショナブルという〃フランスのマドンナあるいはガガ様〃にして、アリゼ(Alizée)の〃業界の母〃。国籍はフランスですが、生まれはモントリオール近郊のピエルフォンドという町です。パリの演劇学校在学中の1984年にフランスでデビューしてから34年。ソニー移籍後、今年1月に発売したこのシングルはSNEPチャート1位をとり健在ぶりをアピールしました。


●イザベル・ブーレイ(Isabelle Boulay)「Parle-moi」
ケベック州東部、セントローレンス川の河口近くの町サント・フェリシテの出身で、カナダの数々の音楽フェスティバルで賞をとった実力派女性シンガー。2000年にベルギーで1位、フランスのSNEPチャートで2位をとりゴールドディスクに輝いたこの曲は、上の〃とんでるミレーヌ姉さん〃と違ってフレンチポップスの「保守本流」をいっています。


●ブリュノ・ペルティエ(Bruno Pelletier)「ノートルダム・ド・パリ 大聖堂の時代(Notre-Dame de Paris - Le Temps des Cathédrales)」
大トリは、ケベック州のみならず全カナダの国民的シンガーで、トルドー首相もリスペクトしているこの方に、グランゴワール役が世界で絶賛されたミュージカルの名作で締めていただきます。フィギュアスケートの羽生結弦選手も使用した名曲。ケベックシティに隣接したシャルルスブールの生まれで、もともとロック畑の出身でした。


【あとがき】
 ケベック州出身者(ケベコワ)といえば、アメリカでのイメージは「プロレスラー」でした。かつては「アイリッシュ魂」のアイルランド系とともに大勢力を形成し、カナダの他地域やアメリカでは言葉の違いで苦労させられ、言葉が通じるフランス人にはよそ者扱いされる虐げられた民の怒り「ケベコワ魂」が四角いジャングルで炸裂する「物語」が観客を喜ばせました。〃金髪の野獣〃パット・パターソン(ピエール・クレモン)や〃流血怪人〃アレックス・スミルノフ(ミシェル・デュボワ)のように、来日して馬場さんや猪木さんと対戦したレスラーもいました。
 ケベコワにはモーリス・リシャール(Maurice Richard)に始まるアイスホッケーやフィギュアスケートなどのウインタースポーツや、F1のヴィルヌーヴ(Villeneuve)父子のモータースポーツのイメージもありますが、洋楽の世界にはカナダ出身ミュージシャンがあれだけウジャウジャいながら、アイルランドなどと違ってケベックには音楽のイメージはあまりありません。でも、派手さはなくても地元で大人の鑑賞にたえうる音楽を地道にやっている人もいますから、何か機会があればぜひ聴いてみてください。
 それでは「Joie de vivre」(人生を楽しもう/ケベコワの合言葉)

            2018年5月30日 寺尾淳