ここ数ヶ月ブログも

インスタもしていない

インスタは消してしまった 笑

 

ただそう思いついて

消した

ただそれだけ

意味もない

 

そんなふうに

直感で感覚で生きている

 

もう何年もそんな感じ

もしかしたらずっとそうだったかも

 

 

 

去年おととし

人生のブレーキをはずし生きることにしたのち

人生最大の出来事

大きな手放しののち

 

それは地を這うような

日々を生き

それでも笑うこと

食べること

ねることはし

(好きな仕事もしてたか)

面倒みる人(子供達)がいたから

地に倒れたままではいられなかったわけ

 

そんなふうに生きてから

1年半

いつの間にか

 

統合のあとの世界にいる

浮いている

 

統合とは

自己の自分

元々の自分

生まれたてのような

神聖でピユアなもののような

そんな自己との統合

 

何かをしようとしなくてよく

ただあるがままを観ている存在

あくまで受容的でオープンで

海の中の貝殻の中のパールのような存在

 

10月50歳になった

お誕生日に何がしたい?って聞かれ

リトリートしたい!って

ここオーストラリアは

50歳は盛大にパーティをするものだ

 

私は自分の密な方々を招待し

リトリートをしようって

思ったのだ

 

わたしはヨガや瞑想

哲学や叡智

クリスタルボールをつかって

サウンドをつくったりして遊んでいる(仕事)

さらにフラ(ポリネシアのダンス)に情熱があり

それも教えていたりする

 

招待した人はすぐさま

コストのことはさておき

IKUと一返事

 

田舎の牛が行き来する中

虫の声を聞いて

開いたリトリート

 

3日前から体調がなぜか悪くなり

リトリートの計画をたてている時間に寝た

ひたすら寝てた

 

ヨガも瞑想もしない日々を3日間

なぜか当日の朝よくなる

 

リトリートに来てくれた方々は

結構な投資金額にも関わらず

来た理由

わたしと共にいたかったから

私のことをサポートしたいと思ったから

 

 

なんということだ

わたしのためにきたのかい

 

 

 

それは素晴らしい

因果の受け取りだった

 

ありがたいとしか言いようがないが

統合したとはこのことだ

 

何かをしようとしなくても

追いかけなくても

誰かに承認してもらわなくても

やり遂げなくても

いいんだよね

 

人生はゲー、む のようなもの

あっちいったり

こっちいったり

流れに身を任せていると

どこへ流れてもいいとなる

 

そこでどう表現するか

自己の表現

わたしはこれをダンスと言う

 

ヨガをしている時

フラをしている時

ヨガを教えているとき

海を泳いでいるとき

表現することで

生きていることの悦びを表現しているのだ

 

それは鳥が歌をうたうように

飛んで踊りをしているように

 

わたしは行く

 

ただあるがままに

 

存在するのだ

 

 

統合の世界とは

 

外観の世界とは関係のなく

内観の世界の

自分の’中心で生きていることだ