11月4日夕刻、ダルエスサラームに帰って来ました。
モシからキリマンジャロ、メルー山周遊、そこからルートを変えてダルエスサラームへ。
9日間、670キロの自転車旅行でした。
坂道、泥道、雨、雷、人種差別、水不足、マシントラブル、膝の痛み、、、色々ありましたが、やってよかったと今は思います。
地平線までどこまでも続く森の中の坂道を駆け下りて行った時、
何度も拳を突き上げて、叫びまくってた。
”DIVE TO GREEN”
緑の惑星に僕は落ちて行くんだなと、そう思った。
幸せだった。
「幸福」と、不幸にならない「How to」はなかなか「=」で結べなくて。
だからこうして走っているのかなぁと。
現在、タンザニアのモシという町にいます。
氷河を抱いたキリマンジャロが、今日もくっきり見えます。
立派なモスクがあるかと思えば、道端には聖書の露天。
人々がジャンボ、マンボ(スワヒリ語のこんにちわ)と行き交う。
そんな町を歩いています。
アフリカに来て、しんどいこと、嫌なことも多いです。
それはそれは、もう書ききれないくらい(笑)
そして少し寂しいです。
寂しくて、心が空っぽに感じたり、そんな時もあります。
昨日、自転車を買いました。
今日からまた走ります。
チベットであれだけ苦しんで、
それでもまたサイクリングジャージに袖を通して、サドルに跨る自分がちょっと不思議。
面白い奴だ、、、
僕の旅行も一年と三ヶ月が過ぎて。
野球で言えば、もう8回裏くらい。
ザンビアのとあるキャンプ場では、木の上で昼寝していて、起きたら下に象が来ていました。象の唇は、かなりセクシー。マラウィでは、財布をすられ、間一髪取り返して。甘い甘いミルクティーを大量に作って、ホームレスと一緒に飲んだり。そう、昨日もホテルのマネージャーと大喧嘩。
マサイ族は本当にジャンプしてました。
生まれたてのシマウマの生きる喜びに満ちたあの足取り。
哀愁漂うハイエナの後姿。悪徳ツアー詐欺師のため息。
鉄格子越しに聞いた、「人間は罪を犯すものなんだ」というある囚人の呟き。
僕の旅行はなかなかに面白い。
そうすると、僕の人生もなかなかに面白いのかもしれない。
Get back Get back と呟きつづけて、
帰りたかったのは、取り戻したかったのは、
そんなに遠い場所でもなく、掌を開けばそこにあったものなのかもしれない。
愛を胸に走ります。
この長い旅行と、その前の生まれてこのかたの長い旅路の中で出会えた全ての人々、風景への。
キリマンジャロの麓からメルー山をぐるり回ってアルーシャへ。アフリカ大地溝帯に沿って、マサイステップを抜けて、イリンガの町まで。
やっぱり、うん。僕は愛を胸に走ります。
ジンバブエのビクトリアフォールズという町に来ています。
その名のとおり、ビクトリアの滝のすぐ近くの町です。
インドから南アフリカ共和国に飛んで、ナミビア、ボツワナ、そしてジンバブエへと来ました。
喜望峰、行きました。
名前がいいですね。「Cape of Good Hope」
サイモンズタウンという町で自転車を借りて片道20キロほど。
アップダウン激しいぞと言われましたが、まあ、ヒマラヤを越えた僕からすれば、ピクニック程度(その割には降りて歩いてたが、、、)でした。
途中、一匹のシマウマが悠々と僕の前を横切り、ヒヒの群れがウダウダしてて、遠くからでしたが、クジラのジャンピングも見えました。
そして喜望峰に落ちる夕陽。美しかった。インド洋から大西洋へと沈んでいく太陽を、一匹のダチョウと一緒に見ました。このダチョウ、草を食むわけでもなく、のんびりと夕陽に照らされて佇んでいた。お前も寂しいのかい?そうかそうかと近寄ったら逃げていきました。
ナミビアではちょいと死にかけました。
ゲストファームに泊まって、そこからボツワナ国境まで20キロ。日曜日にミニバスが通りかかると聞いていたので、それをあてにしていたのですが、「スルー」。追いすがりましたが、満員だったのか、乗せてくれませんでした。
で、ヒッチを試みる。
チベットよりラクだろうと気長に待っていましたが、交通量、一時間にトラック2台。しかも150キロのスピードで通り過ぎていく。
仕方なくヒッチ待ちしながら歩き始めました。
国境20キロを、30キロのザックを背負って、持っている水は1リットル。日差がきつい、喉が渇く、、牛とロバしかいない、、、相変わらず車も通らない、、、休みたいが木陰もない、体中の水分が音を立てて蒸発していく、、、死ぬかも、とほんの少し。まあ死なないのはわかっていたが。
なんとか5時間で到着。
到着してから、この道路が「カラハリ砂漠横断道路(Trans Kharahali Highway)」だったと知りました。
ボツワナでは、、、
普通の国道よ、別に国立公園などではなく。
普通の国道を走っていると、突然、象の群れ。
30頭くらいが、道路を横切って藪の中に消えていきました。
さらにキリンも、そしてまた象さん!ベンチに誰か腰掛けていると思ったらバブーン(ヒヒ)でした。最高、、、これ普通の国道です、、、
毎日、夕陽がきれいです。
それは本当に、美しすぎて、言葉にならない。
28年生きていて、今まで28年分の夕陽を見てきたはずなのに、
それなのにどうしてこんなに心を動かされるのか、わからない。とにかく美しい。
毎日、色んなことがあります。
闇両替屋と怒鳴りあったり、嫌な黒人に露骨に「非ホワイトはあっち行け」、されたり、猿にオレンジジュースを取られぶち切れたり、川べりでのんびりしていたら突然クロコダイルが現れたり。(まじでビビッた!)
道路上には車に轢かれた野生動物をよく見ます、物乞いがよく声をかけてきますが、無視して通り過ぎます、アリと蚊をたくさん殺しています。
最近、やっと自分の死を実感できました。
いつか自分も必ず死ぬということが、やっと信じられるようになった。そしてそれを少し、微笑ましく思います。「村瀬純平ちゃんと死ぬんだ~」と。まあ当たり前の事なんですけど。
でもそれでやっと、ああ今は生きてるんだなと思えるようになった。ちゃんと僕も死んだなぁと、フェアだと。
僕の今まで見てきた、色々な形で空しく消えて行ったたくさんの「いのち」と、やっとフェアだと。
馬鹿みたいに照り付ける太陽の下で。
雲なんてこの一週間、カケラも見てません、、、そんな空の下で。
毎日、いろんなことがあります。やってます。
そしてそれを幕引くように、毎日夕焼けが、馬鹿みたいにきれいです。
昨日、ラツェに到着。
シガツェから152キロ、13時間かけて。
途中、マユム・ラ(4520m)を超える。
雨、雪、雹、山、峠、石に苦しんだけれど、
虹のアーチをくぐった。
明日、中尼行路最高点、ラクパ・ラ(5220m)越えます。
むちゃくちゃ不安。昨日のマユム・ラの自分の状態を考えると。
ラツェの町が標高4000m、わずか30キロで1200mを上る。
いけるか、、、いくしかない。
正直、びびってる。
現在シガツェ滞在中。
食料、行動食は補充したし、
自転車は整備した、前かごもつけた。
まだ太腿は張ってるけれど、ずいぶんマシ。
シガツェ地区の旅行許可証も取得したし、(100元)
韓国で切って以来、散髪もした。(20元)
明日、ラツェに向けて出発します。
ここから未舗装路、さらに5000mの峠も待っている。
いよいよ本番という感じ。
本当は途中でやめてもいいと思っている。
諦めてもいいと思っている。
負けてもいいと思っている。
それならそれで、どこで自分が挫けるのかを見たい、知りたい。
僕を打ち負かすもの。僕をノックアウトするもの。
それはチョモランマの急峻な坂道か、ダラダラ続く砂利道か、貧しい食べ物かもしれない。
あるいはマシントラブルか、自分の体が先に壊れるのか。
さて。
カトマンズ到着は7月10日~15日の予定。
着いたら必ずカツ丼を食べます。
タメル地区にあるという日本食堂「おふくろ」で。
お替わりするかも。ケーキもつけるかも。
諦めたらもっと早くカトマンズ着、その場合はカツ丼なしで。
ラサを出て三日、シガツェ まで来ました。
ラサから南西へ280キロ。
体は筋肉痛が思ったより、きつい、そして回復が遅い、、、(もうトシ?)
道は舗装路、だが、細かいアップダウンがきつい。
自転車は、、、分かっていた事だが、品質が悪い。
まぁ、中国製、270元(4,000円)なので期待する方が悪い訳だが、ここまでとは。
走行中にペダルが落ちる、ブレーキが飛ぶ、スタンドも壊れた。
パンクが2回、ギアがかなり不安定、フレームもきしむ。
カトマンズまで、、、なんとかなるか、、、
だからそんな事、知ってる。
そんな事したって強くも弱くもならない。
そこに強い自分と弱い自分がいるだけ。
美しい自分と醜い自分を、そこに見るだけ。
怖いし、不安。
とても。
それでもしっかり準備して、よく研究したから、
きっと大丈夫。
やっと。
10日間滞在したラサを出発します。
いよいよ。
チベット、ラサからヒマラヤを越えてネパールへ。
1200キロの自転車の旅、スタートです。
そんなこと知ってた。
カイラスに巡礼したって、
マパムユムツォで沐浴したって、
雪の中で何時間もヒッチ待ちしたって、
曲龍で崖から滑り落ちたって、
何も変わらない。
何も変わっちゃいない。
強くも弱くも、ましてや聖者になんてなれない。
相変わらずくだらない事に腹を立て、
嫉妬し、自分を大きく見せたがってる。
だからそんな事知ってた。
全部わかってた、明確に。
そしてそれが、なんだっていうんだい。

