きっとこの地球上で、 
今日のこの日をカレンダーにメモってるのは僕と、 
もう一人いらっしゃるかなぁ、、、という程度。 

2007年2月27日。 
彼女が死んで、今日で5年。 

あの時、「死」とは何かが途切れる事だと書いていたけれど、 
今思うのはそれは途切れ途切れでも、やはり続いているんだなぁ、ということ。 
彼女の、、何か、思いというのは。 
でなきゃどうしてこの忙しい最中に、 
彼女の顔やピンク斑点ばかりの肌、 
足首に刻み込んだあの入れ墨を僕は思い出すんだろう。 

”Stop Love・・・”
 


 

 

僕の場合どこかに行きたいという気持ちは、 
あの頃に還りたいというそれと少しだぶる所が多く、 
時々見誤る。 

上海近郊にあるという毛皮工場を探して。 
重い荷物を抱えながらあてもなく探している。 
通訳さんお願いすればよかったと少しの後悔、まあ450元けちったわけだが。 
あっち行ったりこっち来たり、 
犬に吠えられたり小姐に手招きされたり。 
どぶに落ちそうになってグチる。 
初めて来る町にどうしてまた僕は詳しい情報も持たずに、、、と。 

またまた歩いて歩いて。 
やっとそれらしき看板を見つけた。 
書いてある書いてある、なんとか皮革中心とかなんとか。 
ちぇっ、最初のバス停から遠くなかったのか。 
どうも反対方向に歩きだしてしまっていたようだ。 

国道318号線、116kmという標識を何気なく通り過ぎる。 
瞬間声がもれた。あっと。思わず。 
国道318号線、、、 
僕はこの道を知ってる。 

この道の遥か5000キロ彼方を、僕は自転車で走った。 
この道の起点は上海の人民広場。 
この道の終点はチベット、ネパールとのダムコダリ国境。 
この道はラサからカトマンズまで僕が18日かけて走った道。 
この道はあの道に続いていた。 

あの頃。 
毎日哭きながら自転車に乗っていた。 
雨、風、雪、雹、高度5000m。 
故障ばかりのたった270元(4000円)の自転車。 
荷台が壊れたらバックを背負って。 
パンクしてパッチがないと、チューブを針糸で縫い合わせて、それでも走っていた日々。
ある日次の町までの最後の10キロがどうしても歩けず、 
強風の中テントを張った。 
寒くて、お腹も減って、オオカミも出るとか言うし。 
テントの中で「今日友達の結婚式だ」と思い出すと情けなくて涙が出た。 
みんあきれいな服着ておいしいモン食べて飲んでしてるのにおれは何やってるんだ、、、と。 
自分の経験不足が、知識不足、技術不足が思い知られて、 
出発前に準備完璧なんて胸をはっていた自分を撲殺したかった。 

この道を、たとえば。 
5000キロでも行ったなら。 
あの坂道も菜の花畑も、鼻歌まじりに走った道も、 
伴麺食べた食堂も、虹のアーチをくぐった峠も、 
チョモランマもあの日テントを張ったあのオフロードも、 
そこにあるんだ。 
確実に。 
信じられない、なんだか。 
でも間違いなく、 
この道はあの頃に続く道。 

きっとこういうのを邂逅と、そう呼ぶのだろう。 
あの日テントの中でメモ帳に書いた言葉を思い出した。 
「こんな俺でもいつか誇ってくれ」 
「こんな俺」よ、お前さんよく走ったよ。諦めずにね。 
誇る、誇るからもう泣くな(笑) 

こんな日がくると思わなかった。 
あの頃あの道をずっと走り続けて、 
あの道に続くこの道を歩いている今があるという、 
なんだか素敵なパラドックス。 
R318。

僕にとって2.1は少しだけ特別な日。 

2002年2月1日。 
東京のアパートを解約して、バックパックを背負って、初めての長い旅行に出た。 
バンコクのドンムァン空港に降り立って早速、どこに行けばいいか分からず行ったり来たりしてた。 
東京での忙しい生活が幻みたいに思えた、カオサン通り。 
150バーツの宿。ほとんど独房のような。 
その部屋で見た、壁に書きなぐられた、誰かの落書き。 

" You'll see what I saw 
But you never see it was mine 
'Cuz I never name it " 

(君もあれを見るかもね。 
 でもきっと君はそれが僕の見たあいつだとは気づかないんじゃない? 
 だって僕、名前なんてつけないんだから) 

言葉に、さらに文字にするというのは、勇気がいる事。 
実はなんだか良く分からないような気持ちでも、「寂しい」と言ってしまえば、結局「寂しい」になるような。 
自分だけの「このグチャグチャ」が、言葉に出した瞬間、誰でも知ってる「ああ、あの寂しいね」に無理に形をかえるような。 
他人にそう伝わるだけでなく、自分も「ああ、オレ寂しいんだ」と騙されるような。 
赤かったと言ってしまった瞬間、えも言われぬ夕焼けの色が12色の色鉛筆のボックスに収まってしまうような。 
鋳型に流し込まれた途端、それが「たこ焼き」か「お好み焼き」だったことになるような。実はただの小麦粉の水溶液なのに。 

言葉にする事、名前をつけることに勇敢でなかった僕だけれど、 
あの日のgrand hotelの150バーツの部屋で膝を抱えていた自分から5年がちょうど経って。 
伝えなきゃならない事はちゃんと伝えなきゃいけないし、 
言わなきゃいけない事、謝らなきゃいけない事もそうで。 
なんだか。 

忘れる事は怖いことでは全然ない。 
何かが香り立てば、忘れていてもまた取り戻せる事は知っているので。 

自分の見たり聞いたり、はたまたやった事が、別に陳腐でもありふれていてもくだらなくても、それは仕方がないと思う。そんなもの所詮、他人の判断だし。 
自分のはらわただけに収めているのは確かに居心地がよい、嘘になる事も変形してオリジナルが見えなくなってしまう事もないのだし。 
それでも自分の中の様々な「ぐちゃぐちゃ」を声に出してみたい、書いてみたい。 

あの壁の、落書きの作者へ。 
あんた怖かったんじゃない。 
自分が見たものを、誰かに見られるのが。評価されるのが。 
だからあんたが見たもの出会ったもの全て、自分の世界の中にだけ置いておきたかったんだろ。 
あんたの心の中だけにあるものならばなるほど、それは誰にも侵せないから。 
きっと純粋で優しい人、あんたは。そして弱い人。 
旅行を始めた時、憧れたこともあったけれど、今は違う。 
弱いの、大好きだけれど、今は強くなりたい。 
もう自分が逃げない事も知っている、だったら。 

色々考えましたが、やはり長い旅行はもうやめっぴです。 
旅人、大好きですが、しばらく卒業です。 
まぁここ5~6年の間は。 
またホームページでも作ろうかと思ってます。 
まぁ、のんびりとですけどね。

 

結局あの後。 
彼女の靴のもう片方は見つかったのかなぁと、 
そんな事を思った。 
バルガという西チベットの、本当に何もない集落。 
電気も水道も便所もない、一軒の食堂さえもない町で、 
靴のもう片方を探していた少女。 

ネクタイしめて働きながら、ふっと思い出したのは彼女の事。 
今日もツァンパ食べてるのかなぁ、今頃チベット寒いだろうなぁ、、、と。 
日本に帰って来て10日ほど。 
「僕はこの国から来たんだ」と、そんな変な実感。 
ちょっと不確かな生活。あと忙しすぎ。よくない。 
それでも、今この瞬間にも彼女は実在して、距離さえちょいと越えればそこに彼女は居るんだなぁとそう思うと、なんだか元気が出て。 
あの靴のもう片方、見つかったのかな、、、 

10日から東京行きます。一週間ほどの滞在予定。 
お暇な人、会いましょう~

約束通り、 
釜山から帰ります。 

あの夏の日、下関からフェリーでやって来てイミグレ抜けて、 
最初の交差点で振り返って、その時に決めた、自分との約束。 
日本に帰る時もこの道を行こうと。 
その時はどんな気持ちで、僕はこの道を辿るのだろうと。 

いつ帰るかも知れなかった旅は545日に及びました。 
どこまで行くかも知れなかった旅は、結局32カ国。 
学校、自転車、恋愛、巡礼、再会、出頭、演説、、、 
色々あったね、ほんと。 

本当はあの時、足がすくんでいた。 
正直、怖かった。 
どこまでも遠くまで行きたいとあんなに願っていたのに、 
いざ「どこに行くのもあなたの自由」と言われた途端、震えが来た。 
30キロのザック、折畳み自転車まで抱えて、どこに行けばいいのかも分からなかった。 
さっそく途方に暮れた、あの朝の釜山中央洞の交差点。 

あの朝の僕にアドバイスしたい。 
その交差点は「左」です、 
すると地下鉄駅があるからバスターミナルのあるノポドン駅を目指せと。
そこからソウルまで一本だから。 
そして何も怖がる事はないと。 
すばらしい旅行が君を待っている。 
信じられない奇蹟を数え切れないくらい起こして、 
まるで何かに導かれたように、君は旅を続けるよと。 
そう。 

12月28日夜18時、釜山発。 
明日の朝には、下関。 
546日ぶりの日本。 
うまく日本という国を頭に描けないけれど、 
人々がそれぞれの思いを持って、それぞれに毎日を生きているだけ。 
それなら同じ、きっと大丈夫だ。 

素敵な旅行を、本当にありがとう。 
何一つ後悔してません。 
こんな旅行を始めた事も、 
そして今日、それを終わらせる事も。

今朝イスタンブールに到着。 
4年と9ヶ月ぶりのIST。 
さっそく宿に荷物を放り出して新市街、タクシム広場まで歩いてみる。 
サバサンド食べたら、ガラタ橋を渡って、長い坂をのぼって。 
思えば前回の旅行も、最後はここイスタンブールだった。 

日本を出てから一年と五ヶ月が経って。 
500日以上、正直実感がない。 
振り返ってみると、なんだかいつも歩いていた気がする。 
あの国もあの街でも、あの通りもあの砂漠も、そしてあの人の隣でも。 
靴4足サンダル2足、履き潰して歩いた。 

サバサンドは値上がりしてる。 
150万トルコリラ→3トルコリラ(新)に。 
鳩モスクはやっぱり鳩だらけで。 
ガラタ橋の魚釣りも相変わらず。 

歩き疲れたら座るに限る。 
声を張り上げてボールペンを売る少年。 
物乞い、体重測り屋さん。鉄道模型を売るおっちゃん。 
かわいい女の子からチャイのお誘い。 
よく聞いてみると「兄が絨毯屋をやってて、、、」 

また歩きだす。 
夕日が沈んで。 
トプカピ宮殿の前でアジア雑貨を売っていた女の子は店じまい。家族連れが焼きトウモロコシ食べてて。 
街灯の下、草サッカーが始まった。 
ブルーモスク前でまた座り込む。 
今日も一日よく歩いた。 

いい旅行だったなと思う。 
いろいろあった、、、 
でも全部ひっくるめて、 
楽しかった。 
幸せだった。 
愛してるぜぇー。 
みんな。 
全部ね。 

草サッカー終了。 
みんな家路を辿り始める時間。 

ふうー。 
ちょっと歩き疲れたかな。 
純平さんよ。 
そろそろ。 

帰りますか。