キサが43歳から69歳まで過ごした ≪姥捨て谷≫ には、
3棟の小屋が建てられていて、キサを含め7~9人の男女が
3組に分かれ共同生活していた・・ 今でいうグループホームだ。
老人たちの大半は近隣の村の出身で、70歳を過ぎると、
村域の風習により棄老されていたように受け取れるのだけど、
キサのように谷を訪れ、そのまま住み着くというか、
老人たちの世話ができる者であれば、
その滞在を村の衆たちは黙認していた様子・・
そういうことから、姥捨て谷には高齢者のほかにも、
キサのような ≪わけありの中年≫ や旅人が
冬越しの居候を乞い、姥捨て谷のグループホームが
ドミトリー化している場面も見えたのだけど、
前回、記したキサの発案による「野生馬を餌付けして競売」部門の
初代パートナーは中年の女性で、
谷を訪れる前は川下の町に暮らしていた・・
彼女が町を離れた理由については、
「生活困窮から自死を決め、その死に場所として谷を目指した」と、
ヤァー師匠から聞いた。
姥捨て集落の存在は、川下の町では知られていて、
時折、彼女のように思い詰めた人が谷を目指すことがあり、
そういう人たちをキサはビジネスのパートナーとして
再起させていたことになる・・
キサの自他(社会)の課題を事業により解決するそれは、
今でいうところのソーシャルビジネスで、
キサは社会起業家(ソーシャル・アントレプレナー)と
視ることができるだろう。
なお、キサの「野生馬を餌付けして競売」部門の先任者は、
分け前(謝礼)が貯まると谷を出て、町へ戻ることができたそうで、
その後、同部門は ≪わけありの新入り≫ の登場の度に引き継がれ、
ナァー師匠からは「キサが臨終を迎えるまでの間に、
32人の社会復帰を助けた」と、
ニャーッ師匠からは「キサが53歳を迎えた年、
3棟の小屋の増改築に加え、新しく1棟を建てることができ、
近隣との交流が始まった」と聞いた・・
素晴らしい・・ これはアートだ。
この世の全ての経営者や投資家が
利益を出すことばかりに躍起にならず、
キサたちのように共生を軸とし、一丸となるなら、
この世から貧困も戦争も無くなりそうではないか?
しかし、キサたちの爽快な創発に比べ、
キサたちの生きた時代から200年ほど経た9月9日現在、
派遣労働の期間制限を一部撤廃する労働者派遣法の改正案の採決が
参議院本会議で行われ、自民・公明両党と
次世代の党、新党改革などの賛成多数により可決された。
その前日(8日)、与党側は「審議は尽くされた」として
質疑を打ち切る動議を提出しようとしたのだけど、
民主党など野党側の委員が委員長席を囲んで激しく抗議していた・・
そう、安全保障関連法案と同じで、国民の理解も何も――
どの法案も真に共生を軸とする提案であれば、
誰も ≪歪みや不信感≫ を感じないのではないか?
今一度、この世の全ての経営者や投資家、
そして、政治家などの権力層が、
利益を出すことばかりに躍起にならず、共生を軸とするのであれば、
この世から貧困も戦争も無くなりそうではないですか?









