24時間巡回型訪問サービス・地域包括ケアシステム  介護で市民を困らせない -23ページ目

送迎車のガソリンはいつも取引をしている業者さんが取り置いてくれています。


そっと裏から入るのです。(残が少なくなったと連絡が入っていますが…)本当にありがとうございます。


お米もいつものお米屋さんが変わりなく配達をしてくれます。


野菜も不足していますが、地元のスーパーが優先的に回して下さるとの事。


特養入所の100名分は何としても確保しなければなりません。


加えて、ショートステイ利用者の70名分、デイサービスは何名になるのでしょうか。


日頃のお付き合いやそれ以外の方のご支援を頂きなんとか運営が出来ています。


停電は予定通りとなっています。


入所の方の夕食は明るいうちに召し上がっていただいています。今日は15時40分~18時30分までの停電でした。

利用者の方はとっくに経験済みで腹が据わっています。11日の地震の後は職員が騒ぎすぎとお叱りを受けたとか。


停電が終わり電気が一斉についたときは拍手が沸き起こりました。


みんなで協力をしていきましょう。


明けない夜はない。


一年後にはきっと希望に満ちた日本になっていると確信します。


不安が尽きないようです。


3時間ほど停電になることに動揺し、覚悟していた停電がなかったことに腹を立てたり、


ガソリンが半分以下になったことでもスタンド間を走り回ったり、


マスコミの報道がとても重要となります。


東電や官房長官に鋭く突っ込んで質問している記者に対して私は嫌悪感を感じます。


福島原発の現場で被爆を覚悟で作業している人達がいます。その人たちにも家族がいるのです。


想定外の災害から来るこの事態に対して誰を責めるのでしょうか?


原発の2号機が爆発の危険があります。


電気について個人個人が考えていかなければなりません。







テレビをみると苦しくなります。

辛いです…。

地震直後に報道されていた津波の中にもがき苦しんでいる人達がいたのです。

誰も何もできない。

この瓦礫をどうして片付けるのでしょうか?

金曜日に時間を巻き戻したい…。

http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc

すこし泣きました。

私に何が出来るでしょうか?

東北の地震は無残な事になっています。


あっという間に命を落とした方もおられたと思うと気の毒でなりません。


小田原から東京や横浜に出張している職員は以下のように対応しました。


東京の研修の3名。


1名は知り合いと食事に行き、都内の避難所で一晩を過ごし、今朝新幹線で帰宅。

1名は東海道新幹線が動いている情報を得て品川まで歩き23時過ぎに小田原着。自宅までは迎えの車で帰宅。

1名は都内の友人が板橋から浜松町まで迎えに来ようとしたが渋滞で到着できず、芝の親戚宅に泊めてもらい、現在小田急線で帰宅中。


横浜の研修の2名。


20時過ぎまで横浜駅に待機。しかし交通網は動く気配がなく、徒歩で帰宅するようというアナウンスあり。

4時間かけて戸塚に到着。途中のコンビニには食べるものは売り切れ。

幸運なことにタクシーが来たので藤沢まで乗ることが出来た。

小田原から迎えに来てくれた家族の車に乗る事ができ、午前3時に自宅に到着。


携帯は通じない、情報は入って来ない。とても不安だったとの事。


電池式の携帯ラジオが手元にある役立つことが分かりました。


今日はみんな出勤しています。無事でよかったです。お疲れさまでした。




本当に怖い地震でした。


小田原地方でも震度5でした。生まれて初めての経験でした。


揺れは船に乗ってしけにあったようでした。


すぐにテレビを点け、男性は本棚を押さえ、私は出口の確保をしました。


窓を開けると揺れでサッシが左右に動くほどでした。


れんげの里の2階に駆け上がり確認をしました所、吹き抜けの天井から下がっている8個の照明器具が1メートルほどの弧を描いていました。


利用者の方は職員の素早い対応により安全なところに集まって頂いてました。ホッとしました。


地域にある通所介護には落ち着くまで送迎をしないよう、河川の近くを車で走らないよう


エレベーターは止まってしまっています。車いすのご利用者の方は4人がかりで2階に移動しています。


理事長を含め3名が東京に出張、2名が横浜に出張しており帰宅出来ておりません。


また職員でJR利用の者が帰宅できず、施設に泊まります。


被災地の方々の無事を祈るばかりです。