さてさてどう書いていこうか
軽く母の生い立ちは書いたので
私の続きを書くことにする
産後一ヶ月は安静にする
これは後に年を取ってから差が出る
一ヶ月後春爛漫の東京に戻ったと思う
私には二つ違いの姉がいて、生まれつき
「股関節脱臼」で母は姉を抱いて寝ていたと言っていた
私はというと「手のかからない赤ん坊」
だったらしい
泣くのはお腹が空いた時と襁褓が汚れた時「あとはよく寝てたよ、あんたは」と言われた
父は自分で事業といえる程ではないが、独立をして「スーツ職人」として働いていたが、経営能力と先を見る目が無かったことが今の私にはわかる
父は母をあてにしていた
母に子育てより仕事をして欲しかったらしいが、それなら子供を作らない選択をしないと出来ないことだと思う
父は腕の良い職人で「独立とある大手メーカーの工場長」の話がきていた
職人としては一流だが経営を知らず
障害とは言えないかもしれないが幼い娘と妻がいるのなら「工場長」を選ぶべきだった
なぜなら、私が東京に帰って二ヶ月後
父は
「お前達は要らない、俺は出て行く。」と
新しい女と出て行ったのだ
途方に暮れた母は姉と私と心中しようと
橋から川を見ていたら
姉が
「お母さん、お腹空いたよ。」
その言葉母は我に返り
「お家に帰ろう」
と言って帰った
大見得切って、出て行った父は二週間で戻って近くの工場で働き始めた
スーツとは全く関係ない仕事だった
