私が幼稚園に入るまで姉と私と母は母の実家と東京を行ったり来たりしていたらしい
母は兄弟の中で一人だけ東京暮らし
祖父母は娘と孫を案じていた
普通の家でも心配しただろうが、貧しい暮らしを知っていたから
「こっちさ来た時くらい腹一杯食わしてやりたい」と祖父はいつもより多く仕入れをしたくれたと母から聞いた
祖父は村で唯一の雑貨屋を営んでいた
「ここであんこらに好きなだけ食わしてやるんだ。」と
田舎に行けばお菓子もジュースもアイスも好きなだけ食べられた
「じぃちゃん、アイス食べていい?」
「食え、取れっか?」
「うん」
「ジュースもあんぞ。」
「ありがとう。」
牛も二頭飼っていて
「おめぇら、いっしょにこ。」
姉と二人でついて行くと牛小屋で搾乳して、七輪に鍋を乗せ絞ったばかりの牛乳を煮沸して、少しだけかけたティーカップで飲ませてくれた
農家でもある家で新鮮な野菜をたくさん食べて、ばあちゃんの手作りの味噌を使った味噌汁を飲んで、魚は獲れる地域では無かったが、毎朝一切れづつの焼き魚を出してくれた
私が割と健康に育ったのは豊かな自然と
祖父母の愛に包まれていたからである
