みなさん。

あけましておめでとうございます。
2016年になりましたね。

東京は天気も良く、気温も高くていい感じのお正月を過ごせた方がおおいのではないだろうか?


僕はと言うといつもと同じ、1.2.3の3日間お休みで、ひたすら大好きなお笑い特番を見続けて、セールで買い物して、近所の神社に初詣して。とい感じに、、、これといって何もしていない正月休みであった。




そんな2016年。
僕は3月の3日で39歳になる。
僕の周りの同学年の友達で早い人は4月に40歳。

そう。つまり今年は30代最後の1年なのだ。



来年には父親の居なかった僕からすると想像もできない40代。
つまり人生の中年期に突入する。
人生80年と考えると折り返し地点であり、、、、。
20歳~60歳までが「働く」ということのメインである「仕事人」と、考えるとこちら的にも折り返し地点といえるのではないだろうか。



去年38歳になってからというもの、なんていうかゆっくりと自分という人間が、なにか別の新しいカタチになりつつあるような気がしてならないのだ。

人生の後半戦に向けて38歳~40歳の2年間で

「旧式~ニュータイプ」というよりは、
「未完成~完成形」というような雰囲気で、
脱皮を繰り返して成虫になっていく虫のようなイメージだ。


「男が40歳になる」
これはきっと女性が30歳になる時の感覚と非常に近いのではないだろうか??
女の子⇒女になるように、
男は40歳で初めて男子というより、青年からオトナの男になるのだ。






何が故、完成形に近づいてきたかと感じるかと言うと、好きなモノ、必要なモノがはっきりしてきたり、嫌いなもの、不必要なモノもはっきりしてきたりと。。。。

なんていうか一度試してみないとわからない。と言う感じから、
それは自分で試したところで好きにはならないぞ。
という確信が、過去の自分の経験により完成されてきたような感覚だ。


「自分のスタイルはこんな感じだ。今後もこの感じで行こう!」


的なものができつつあるのだ。




例えば、ファッション。

ニューバランスの靴が僕は好きだ。もともとずーっと20代から好きなのだが、
特に996のmade in USA(チャイナとはソールが違う)のものが僕の足にはすごく合うのだ。

合うというのは僕が似合っていると言うことではなく、足への負担であったり、衝撃であったり、長時間の歩行での疲労感であったり、自分の歩き方であったり。そういう部分から考えてもそうだし、自分のファッションセンス的にもしっくり合うのだ。

他には無地の厚手のオックスフォードシャツが好きであったり、洋服全般的にネイビー、グレーの色味が好きだったり。

仕事柄、自分のキャラクター、身体の体系、人に与えたい印象など、自分の中でよくわかっていて、それが今後も変わることはない普遍的なものになってきたので、ほぼ自分のスタイルが確定してきた気がする。

だって急に自分の身長が縮んだり、僕がガリガリのモデルのような体系になることは無いし、そもそもなりたくもない。

感じの良さそうなデカいがっちりちょいデブのメガネで僕は生きていきたいのだ。




嫌いなものの例は、たとえば音楽

聞いてみたりもしたけど、ボクはロックは全く好きではないし、全く良いとは思わない。
それこそビートルズもいいとも思わない。
(※これはダメと否定しているわけではなく僕には合わないということ)

僕はjazzと昔のHIPHOPがやっぱり好きなのだ。

ロックが好きになることは絶対にないと確信している。

エレキギターの音や、やかましいハードロックに美しさや高揚感を感じることは、音楽に興味を持ってから、この20年間無いのだから。





こんな感じに自分の好みがはっきりしてきたことに当初は戸惑いがあった。

なんでも新しい刺激を受けないと駄目だ!
嫌いなもの、興味のないものでも試してみないと自分の成長ができないぞ!
人間として固まってきて守りに入ってきた!
発展性のない人間に仕上がってきた!

と、自分に言い聞かせて新しい何かを試みるのだから全く気が進まない。
それに、やったところで結果「それ」を受け入れることもないのだ。

そんな自分に「これでいいのか?」と、自問自答を繰り返していたのだが、
いろいろ考えた結果、それこそが仕上がってきた

「自分」

なのではないか?と思ってきた。

そう。そしてこの人が仕上がってきた「カタチ」こそ、「大人(オトナ)」ということなのではないか??

うん。そうに違いない。





「ふ」と、頭によぎった


「お~とこなら~♪自分の~せーかいがーある♪
 たとえるなら~空をかける~♪ひとすじ~の流れぼし~♪
 るぱんざさ~っ♪」



っていうルパン三世のテーマ曲のフレーズをふと思い出した。



オトナの男は自分の世界がある。

自分の世界=自分の好きなこと

ということか。。



そして例えるなら、

「空をかける一筋の流れ星」

と、言うことは、自分が決めた道を一筋に進め!
ということなのではなかろうか。




前はいろんな知らないことを経験する事が楽しかった。
が、今は自分の興味にかけ離れたことはしたくない。

その沢山の経験の中で自分が決めた好きなモノというのは

自分の本当に好きなモノなんだ。

なので、これからの人生の後半はその好きなものに正直に生きていくことが、人生を豊かにしていくためには大切なような気がしてきた。



そんな考えもあり、今年1年はゆっくりと自分が完成形が仕上がっていくための一年にしていきたいなんて思っている。

好きなモノは好き!そうでないものは知らんよ!と。自分に無理せず、自然に好きなモノを追求して、後半の人生を楽しく生きていく準備の1年なのかなと思う。





しかし!

いままでの話は自分の趣味や生活の感覚のはなしである。

仕事に関しての自分は永久に変わり続けて行きたいと思っている。

僕は仕事が同じような事を同じようにやり続ける事は飽きてしまって出来ないのだ。
仕事人としては常に新し居事に挑戦し、鮮度良く、時代に乗っている感じでありつづけたい。

これも僕が行き着いた自分の「ありたい」スタイルだとわかったことである。




SNSでは報告したが、フォトスタジオなるものも昨年末に始めてみた。

40歳中にはまた新しい美容室ではないお店を何か始めたいと考えている。

お店以外にもWEBを使ったサービスや、今までにない新しいサービス、そして自分自身のスキルとしてもどんどん新しい事を勉強し発想し続け、そして試していきたい。


この、仕事での「変化し続ける」事にこれからの仕事人としての20年を集中させるためにも、
仕事以外の部分としての40年は自分の内なる「好き」に耳を傾け、身を任せていこうと思った2016年の正月なのであった。




最後にもうひとつ!!!


40歳。

20代前半の若い人からしたら完全におっさんである。

僕が考えるおっさん、おばさんが生きていくうえで重要なのは

「かわいげ」

だと思う。



この「かわいげ」は勘違いしてはいけないのが、目上の人に与える可愛げではない。

年下の人に与える「かわいげ」なのだ。

だって自分が年取れば周りは上の人はどんどん死んでいって、自分より若い人と多く接する事がおおくなるはずだ。

鮮度よく仕事をしていきたいのならなおさらだ。


実生活で僕が関わる年上の方でも、テレビに出ているオトナで魅力的な人はみんなこの「かわいげ」がある。この「かわいげ」が無いおっさん、おばさんは逆にうっとおしがられる。って言うか嫌われる。




そしてこのおっさんおばさんの「かわいげ」は
自分に余裕がある、いろんな事を受け入れられる心の広い人、
年齢など関係なく人を人として尊重して接することができる人、
でないと「かわいげ」は出せない。


ジジィになると頑固にもなるし、気難しくもなる。更にはプライドも高くなってしまいがちなところで、このかわいげのあるおっさん、おばさんになるの簡単ではないのかもしれない。

が、僕は「かわいげ」のあるジジィになりたい。




と、いうことで、今後は

「可愛くなる♡」

これもしっかり意識していきたいと強く思うのであった。。

注)
わたしはゲイではありません。
女性だけが大好きです。 (´Д`)ハァハァ


今年もよろしくお願い致します。