井上靖が村野藤吾に会った時に村野さんが身に着けておられる物は何であろうかと思われ、ふとした拍子に「きれい寂び」という言葉で言い現されているものに違いないと思ったということを村野藤吾和風建築集という作品集の序文に書かれています。
写真は京都の大徳寺、おそらく遠州作ではないかと言われている延段です。
「わびさび」もなかなか人に説明することも難しいのに「きれい寂び」を説明することなんてできないですが、井上靖の村野藤吾の身につけているものが「きれい寂び」なのではないかという解釈に納得、小堀遠州、村野藤吾の両作品から受けとれる共通の何かは見いだせる気がします。
写真は京都の大徳寺、おそらく遠州作ではないかと言われている延段です。
「わびさび」もなかなか人に説明することも難しいのに「きれい寂び」を説明することなんてできないですが、井上靖の村野藤吾の身につけているものが「きれい寂び」なのではないかという解釈に納得、小堀遠州、村野藤吾の両作品から受けとれる共通の何かは見いだせる気がします。
