雨の多い今年の冬の日々ですが、思いっきり快晴の日もあって、やっぱり嬉しいです。雨の日も曇りの日も嵐の日さえ好きなのですが、晴れの日はどうしようもありません、明るい日差しに、「有難いなぁ」という気持ちが自然に湧いてきます。

寝っ転がって空を見るのが癖と言おうか、着ているダウンとかジャッカを脱いで、ばさっと草の上に広げてその上に体を横たえると実に気持ちいいんです。
やはり木々は冬の様相です。けれど、春を告げる花々はいち早く、蕾から更に花を開かせています。野生のアネモネ、マーガレット、野生の水仙etc.
気温が低かったり、本当に寒かったりしても、季節の花々は順番をほぼ間違えることがなく、咲き始めるんですよね。そして、鳥たちの声も毎年その時期にあった鳴き声というか、鳥たちの種類も異なり姿は見つけられなくても、声だけはこちらもしっかり頭に入っているのか、判るのが面白いです。名前も知らずとも。

野生のスミレの濃い紫色、人の作ったものには飽きが恥ずかしながら、直ぐに来るのに自然のものには私は飽きは全く来なくて、いつも新鮮な感動を与えられます。

ある日、大雨の後に我が家のビアンコスピーナという木が公道に倒れてしまいました。蔦に絡まれたまま何年も放ったらかしていたので、中の木は腐れてしまっていたのです。
辺り全体蔦に絡まれたままの木々が覆いかぶさる我が家の敷地内でも特に道に面したところが酷くて、これは通る人や車にも危害を与えることになっては大変と夫の許可も出て、敷地内の大掃除と言おうか、古い枯た木や枝々を処理しているのです。
実は私は日本人のせいか、特に枯れた木々や枝たちは早めに処理したり剪定するのが好きです。根こそぎ取り除くわけではないし、どちらにしても敷地内の植物は人が植えたものなので、森の中のように自生したものでもなく、お世話をした方が良いと思う人間です。
しかしそれがとても難しい我が家なのです。
木が道に倒れた事がきっかけで、道に面する土手側の「大祓い」となったのです。はー、風が通る、空気が動く、天の神様もお喜び下さているに違いありません。
あっという間に年齢を重ねてしまった我々の力は衰え、力を要求される外仕事は主に次男の仕事なのですが(幸いにも自分から進んでよくやってくれます
)、こちらは後処理を引き受けて、火を焚くところの近くまで、信じられないほどの量のツタヤ枯れ枝を運んだり、ストーブ用に分けたり、体を動かす仕事には欠きません。正直有り難いです。まだこうして動けるという事だけでも。普通のことなのですけれど。
何と言って意味のないことの繰り返しだとしても、全力で向かえる今を楽しんでいます。
私の友人や親類の中にもいるのですが、特に目立たない普通の生活を丁寧に根気よく、綺麗にやれる女性たちがいて、そんな人に憧れます。文句や愚痴は出ず、ニコニコと反対にその時を楽しみながら生きているような女性っていますよね。自分が年をとったせいかもしれませんが、そんな事が日々のそんな積み重ねがすごく、徳があって美しいと思えます。