水曜日スポーツクラブが休日に当たり、お昼頃からのんびりといつものコースにランニングに出た。桜が終わったらすぐに藤の花が見事な房を藤棚から見せているし、すみれの花もホワイト系、ヘリオトロープ(薄紫)モーブ(濃い紫)と3色が日本平の斜面に可憐な花を咲かせている。近所の庭にはアイリスが咲きミモザの木には緑のはに映える小さな黄色の花が重なって風に揺れている。前に見た梅の木は濃い緑の葉に覆われ小さな実がまだほとんど青く触ってみると硬い。空気がもやっとしていて海の上が揺れているような、こういう時は気持ちのいい気候だけど富士山は見えない。頂上から少し下ると藤の花、平地ではもう盛りを過ぎたがここは今が満開、縦横6メートル位の木に咲いている。上から下まで何段にも花房が下がっているのは見事だが、よく見ると下に見えるのは桜の葉で、藤はその木に絡みつき花を咲かせている。桜の木は朽ちかけていこうとしている。藤はそのつるでくるくる木をめぐり最後は根元までいってその木を枯らすのだということを何かで読んだ。目の前の藤をよく見ていると藤棚の藤とは確かに違う気のようなものを感じる。この藤には精霊がいるかもしれない。登りでは気づかなかったが下りでは右手にその姿を現す。車の人はわからないかも・・・。日本平公園まで下りてくると貯水池がある。温度が上がってくるとこの池の水が目に涼しい。今日は竿を出している人がいる。「何か釣れるんですか」と聞く私。「ブラックバスです」エー、水面を見ると濃い大きい魚影、よく見るとそれは鯉でした。一分もしないうちに竿を上げると15cmほどの魚、「ブラックバスです」とお兄さんはその魚をチラッと私に見せてからリリースした。私は芦ノ湖伴のレストランでブラックバスを食べた事が頭に浮かんだ。池の周りを走るとつつじの群生、甘い香りが漂ってくる。花のめしべが濡れ花びらに銀の痕が付いて光っている。甘くさわやかな香りー私が蜜蜂だったらつつじの蜜を集めに来るけど何故かつつじには蜜蜂はきていない。藤の花には多くの蜜蜂が飛んでくる。藤の花はあまりいい香りだとは思わないけど・・・つつじは蜂蜜にはむかないのでしょうか。
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4月17日木曜日AM10時10分、歌舞伎座の前でこの写真を撮っていた。今朝は7時30分に家を出た。4月大歌舞伎は片岡仁左衛門、中村勘三郎、坂東玉三郎、という人気のある俳優が出演し、私はぜひ来たいと思った。歌舞伎座の前は年配の女性たち、外人も数人、写真を撮ったりして開場を待つ人たちでいっぱいだった。国立劇場で歌舞伎を観たのは数回あるが、歌舞伎座は時々前を通っていていつかここにこようと思っていたのが実現した。切符引取機にクレジットカード(決済済み)を入れるとチケットがその場で印刷されてでてくる。嬉しい気持ちになる。昼の部は本朝廿四孝、十種香の一幕、熊野(ゆや)、刺青奇偶(いれずみちょうはん)をやる。私のお目当ては玉三郎、熊野(ゆや)では存分に舞いも見ることができる。玉三郎が花道より現れると会場は静まりかえる。深い哀しみと美しさをたたえている。初めて玉三郎を見た時の姿がよみがえり私の目に重なる。あれは鳴神の雲の絶間姫、せり上がりで後ろ向きに現れた姫が回転し正面を向いた瞬間場内の観客は息を呑んだ。清新な美しさ、あでやかさ、オーラが見えた。 ため息が漏れ後姿も今日はさらにおんならしい。舞いと長唄を堪能し玉三郎の世界に浸かる。
休憩をはさみ刺青奇偶(いれずみちょうはん)が始まる。半太郎役が勘三郎、お仲は玉三郎、二人はひょんなことから知り合い世帯を持つがお仲は病の床に就き、明日をも知れない。半太郎はサイコロ博打をやめられずお仲は半太郎のサイコロの刺青を彫ってそれを見る度に博打はいけないと思い出してくれと語る。この時の二人の間には情愛、そして情念が在る、場内は静まりかえり、観客は息をつめて見ている。私は汗ばんできた。「あつい、わね」小さな声が聞こえた。ここは亜熱帯のような空気、刺青奇偶(いれずみちょうはん)が終わり、席を立とうとすると右側の女性はノースリーブのワンピース、余韻に浸り動かない。汗をかいた。私は左側の席から立ち歌舞伎座を出た。外は雨が降り出し傘を差した私は少し涼しくなった。
4月6日AM9時20分、草薙県営グラウンドをスタートし23.4kmの桜マラソンを走りました。前半10kmは何度も上り下りがあり頂上の日本平ホテルの庭を通り旧道を下りて龍華寺、鉄舟寺から有東坂に向かいジャスコの坂を上り草薙県営グラウンドに戻るコースです。前半の上り下りでむきになると後半足が止まってきます。といって前半抑えても後半に爆発するかどうか心配です。前に少し抑え目に行ったときがありますが中盤以降思ったほど伸びませんでした。やはりいける時はなるべくいって何とかがんばるしかないだろうと思い登りで一人ずつ抜いていきました。最初走ったときは何度も登りが続き頂上の手前の坂がひどく急で足が止まりそうでしたが今回は足がとまることも無く富士山を見ながらがんばれと自分で自分に言いながら日本平ホテルに向かいます。ここは桜の散る花びらを受けながらホテルの庭に入る時ふっと「意味が無く走るのは人間だけだから体に気おつけてね」と書いてあった姫という友人の年賀状の言葉が頭に浮かんだ。そうかも・・・そのまま毎週水曜に走っている旧道を下る。今走っている意味など確かに考えてはいない。けれど走っている。走る意味をそれぞれが体で感覚で感じているのではないか・・・最後は競技場に入りゴールする。走り終わった嬉しさと終わってしまった寂しさ?が私の中にある。


