またまた、ほんの少しさかのぼって、2/9「飲みました」
朝の5時まで飲んでいた理由は、
私が、延岡でタッチ会のために間違えずに買えたCDの歌を
作ってくださった方が、誘惑に流されてしまったんです。
もしかしたら、まだまだ曲を作って頂く予定だったのかもしれません。
この時は、意味が分からなかったのでコメントできず、
翌日以降にニュースで知りましたが、かける言葉はありませんでした。
そういう意味でも、やっくんは本当に、この言葉通りに生きてくれました。
またまた、ほんの少しさかのぼって、2/9「飲みました」
朝の5時まで飲んでいた理由は、
私が、延岡でタッチ会のために間違えずに買えたCDの歌を
作ってくださった方が、誘惑に流されてしまったんです。
もしかしたら、まだまだ曲を作って頂く予定だったのかもしれません。
この時は、意味が分からなかったのでコメントできず、
翌日以降にニュースで知りましたが、かける言葉はありませんでした。
そういう意味でも、やっくんは本当に、この言葉通りに生きてくれました。
少しさかのぼりますが、前の年の9/8「結婚式」で、竹内さんと
ばったり出会って「まともに話すのは二年振り!」と書いてあります。
2人でお笑いの頂点を目指していたやっくんは、声優になりたいと
おっしゃった竹内さんとの間に、ずっとわだかまりがあったようです。
でも、竹内さんのおかげで、やっくんはブレイクできたのだと思います。
あばれヌンチャクのままだったら、私はファンになっていません。
ブラックネタ(血や死)が、どうしても受け入れられなかったからです。
ネットのニュース映像で、車を見た時に、運転席側のドアがつぶれて
紐で固定されていたことを、主人がずっと気にしていたんです。
週刊誌を買いそびれたのですが、ネットで検索したら抜粋されていたので、
そのことを主人に話したら、納得していたのですが、
『こんなに、壮絶な最期だったなんて・・。』と、しばらく放心状態でした。
その後、お兄様が載せてくださった、あばれヌンチャクの絵を見た時に、
ブラックネタが苦手だった理由が分かったんです。
竹内さんとは、プライベートではそこでゆっくり話せたようだったのですが、
2/2の「楽しいラジオゥ !!」で、竹内さんがサプライズゲストで呼ばれ、
2/22の「今日のラジオ」で、その時のやっくんの心境が語られています。
オンエアは、その日だったのですが、ラジオは、電波が悪くて
聞けなかったので、私はいつも遅れてウェブラジオで見ていたんです。
その数日後に書いた感想が、
「やっくんの動揺が視線に表れていて、見守るような思いで見ていた。
2人のトークを通して、やっくんの複雑な思いが伝わってきた。
居酒屋という形の再会など、やっくんはいいスタッフさんたちに恵まれて
いるんだね。清算するには、2年という月日は、短すぎるのでしょうが、
同じ世界で活躍しているので、今回のことが、今後のいいきっかけに
なればいいね。恐子さん姿でのショートコントは貴重だった。」
その後、唯一無二の親友に戻れたようで、本当によかったです。
以前書いた歌のライブについては、DVDにもなっているので、
やっくんのブログのコメント欄でも話題になっていましたが、
私は持っていないので、今更ながら手に入れたくなり
値段を調べて驚きました。
歌のライブは、多分、昔のバンドの解散以来で、しかもソロライブ
だったので、かなりの気合が入っていたと思うのですが
ライブの2ヶ月前に、「やっぱり・・」の記事で書いた騒動があって、
開催を、危ぶむコメントも書かれています。
そんな不安の中で、やっくんが一生懸命準備をして、
開催できたライブなので、もともと、やっくんは涙もろいのですが、
その時のやっくんの涙には、ライブを成功させるために関わった
スタッフの方々はもちろんのこと、来てくださった方々への
感謝の思いが、込められているのだと思います。
だからこそ、そのライブでやっくんが一番伝えたかったメッセージが、
「諦めなければ夢は叶う」だったんです。
そのメッセージは、私の夢には当てはまらないと思っていましたし、
やっくんに関するものは、直接会った時に、買うように決めていたので
そのDVDを、やっくんがブログに載せた時も、購入しなかったんです。
延岡のライブ後、「私が、一番行きたかった歌のライブではなく、
それほど乗り気ではなかった延岡のライブに行ったのは、
やっくんを応援し続けるパワーを、やっくんから貰うためだった。
やっくんを応援し続けるうえで経験する全ての事が、
これから私が学ぶべき課題なのだと思う。」と書いているのですが、
本当は、歌のライブに、一人で行くことを本気で考えていたんです。
もし、行ってたら、直接やっくんに会うことはなかったと思いますが、
めろめろになって、一人でのめりこんでいったかもしれません。
でも、我慢して延岡に行ったから、やっくんから「また、書き込みしてね。」
という言葉を直接頂くことができて、そのおかげで、以前のように
距離的には遠いのですが、心理的には近くで応援できました。
今思うと、それは、とても重要な選択だったような気がします。
「再会」で、「本当に必要としてくれている」と書いてしまったのですが、
それは今の私が思ったことで、当時の私は、『少しは、私のコメントを
楽しみにしてくれていたのかな?』ぐらいにしか思っていませんでした。
大分でサインを頂くまでに、何回も失敗していたので、この時から、
「夢は諦めなければ叶う」という言葉を、本気で信じるようになりました。
今回、番外編を久しぶりに読み直してみて、いろいろ考えてしまいました。
記憶は割とすぐに忘れてしまうし、感動した気持ちも記憶と連動していて、
忘れてしまいやすいことを、改めて実感しました。
去年、書き忘れたのですが、「やっくんを偲ぶ会」を2人でしました。
たまたま、主人が、職場のレクリエーションの景品で、
ボジョレーヌーボーとJCBの金券を、別々に頂いてきたんです。
普段、ワインはすぐに酔うし量も多すぎるので、2人とも飲まないのですが
やっくんがボジョレーを好きだということは、全く知らずに、
珍しく飲もうと思って、主人が自分で選んだらしいのです。
嬉しそうに持ち帰って来たのを見て、これは、やっくんの追悼会を
しなさいってことなんだろうと思いました。
本当は、追悼ドライブ後に、追悼会をする予定だったのですが、
帰って来た時は、2人ともぐったりしていたので2週間後に延期しました。
その後、やっくんのお兄様もブログで、「桜塚やっくんを偲ぶ会」を
是非行ってくださいと書いて下さっていたので嬉しくなりました。
私は、やっくんのワイングラスだけ用意したのですが、
主人が、「お皿も出そうよ。」と言ってくれて、お皿を出したら、
やっくんの為に、惣菜を取り分けてくれたんです。
そして、思い出話をしたのですが、大分に関しては、
主人は、バスを追いかけたことは鮮明に覚えていたけれども、
やっくんと握手したことは、ほとんど覚えていなかったようです。
でも、その時の感動は忘れていても、何か、残っていたみたいです。
BGMは、操作ミスで「桜のメモリー」だけがエンドレスで
流れていたのもあったせいか、あまり話が盛り上がらず、
やっくんの気配も全く感じなくて、やっくんはきっと、
他の方々の楽しい会の方に行ってるんだろうなと思いました。
魔法のアルバムは、買う時は、全く興味を示さなかった主人も
今では大好きで、毎日最低でも一回はフルで聞いています。
特にお気に入りは、「Happy Happy Birthday」で、癒されるそうです。
NHKのみんなの歌になって、かわいいアニメーションをつけてもらって
いろんな世代のたくさんの人に聞いてもらいたいようです。
このアルバムのよさの一つは、サブリミナル効果なのかもしれません。
初めて聞いた時は、思ったほど、前向きには思えなかったのですが
聞いているうちに、前向きな言葉が知らず知らずに刷り込まれて、
少しずつ元気になってきているような気がします。