Junkoの心日記 -4ページ目

Junkoの心日記

思ったことや感じたことを、綴っていきます。

何かを、感じていただけたら、嬉しいです


3/28「春がきた」では、「成功とは」で私が書いたコメントを受けて、

「新しい事にもチャレンジしていきますよぉ~っ!!」と書いてくれていましたが、

当時の私は、気づいていなかったと思います。


ただ、やっくんのテンションが上がっていることだけは分かったので、

私もテンション高めに、コメントを書いた記憶が残っています。


私は、タッチ会で渡したファンノートに、「やっくんが九州に来てくれた時に

会いに行ったり、コメントを書くぐらいしかできませんが」と書いていた通り、


東京に行く予定はなかったので、代わりに

「チェリブロでやっくんの力の全てを発揮できますように!」と祈りました。


終わった後、やっくんはブログに感想を書いてくれたのですが、

行かなかったことで、前回に引き続いて再び落ち込んでしまったんです。


そんな中、4日後のエイプリルフールに、

やっくんは、とんでもない嘘をついたんです。


ちょうど一年前、「さよ奈良」で「プチドッキリをしたら、みんなピュアだから

ひっかかって、喜んでくれて嬉しかったと」書いているので、


多分、そういう軽いノリだったと思うのですが、

この日は、私の誕生日だったんです。


携帯で題名を見た瞬間から、心臓がバクバクしていて、

読み終わっても、まだ止まらなかったのを覚えています。


実際に、やっくんが事故にあった日が、この日の私だったら、

きっと、ハッとして目覚めた瞬間に『あ、やっくん・・。』って

気づけたんだろうなと思って、ちょっと悔しかったです。


やっくんに嘘をつかれて、第6感が衰えたのかもしれません。

実は次の年の嘘も、その後現実になった時は気づかなかったんです。


「タイトルを見て、心臓が止まりそうになった。

嘘で本当によかった。読み終わってからも、ドキドキが止まらなかった。

私の誕生日に、やっくんが事故にあってたら、たまらないもん。


チェリブロも旅番組のロケもお疲れさま。

旅番組は、オンエアを楽しみにしている。


チェリブロの方は、終わってからずっと行けなかったことで、

今回もとても落ち込んでいます。」


私が書いていることが、本当だと分かるように、

日付が変わってから送信しました。


翌日(4/2の午後10時過ぎ)、「熱くなれ」で、「人生は一度きり」の

写メを載せてくれました。


この日、やっくんは後輩芸人のライブを見に行ったと書いていたので、

その後、自宅に帰ってコメントを読んでから、


写メを撮ってくれたのだと思いますが、当時は、お正月にその言葉を

コメントで書いたことをすっかり忘れていたんです。


やっくんの周りの芸能関係の方に影響されて書いたものだと

ばかり思っていて、やっくんの思いには、全く気づかなかったので、


「当たり前のことだけど、改めて文字を見て、意味を考えたら、

今までの生き方を変えられそう。やっくん、ありがとう!」と、書きました。


やっくんからしてみたら、「覚えていなくて、ガッガリだよ!」

だったかもしれません。


これが、やっくんからの一日遅れの誕生日プレゼントだということに

気づいたのは、1年以上過ぎてからでした。


今思えば、この書初めを載せるつもりがあれば、1月中に載せている

はずなので、載せるつもりは全くなかったのではないかと思います。


当時見た時も、今も、「やすお」の本名って、珍しいなと思ったのですが、

やっくんは、自分から本名を出すことはなかったんです。


お笑いライブの時に、ファンの方から、「やすお~!」って言われて、

最初の頃は、「本名言うな~!」で、その頃は、頭に手を当てて『テヘッ』

という感じで、「ど~も、やすおです!」と言うことはありましたけど・・。


私が誕生日だと書いたこと、やっくんの嘘に純粋に騙されて心配したこと、

そして、珍しく、私が「落ち込んでいる」とマイナスなことを書いたこと。


前回の「やっくんワールド」もそうなのですが、やっくんは心から嬉しかった

ことに対して、こういうサプライズをしてくださる方だったんです。


やっくんはブログに、たくさんの品を載せていますが、誰々さんから

もらったと書いていないものは、基本的にファンからのプレゼントです。


私は、渡したお土産を載せてくれることを楽しみにしていたのですが、

やっくんは物よりも、私が書く言葉の方を、喜んでくれていたようです。




3/7「自分に出来ること」が書かれた日に、「ヘイ ジャパ!」の映画の

トークイベントが開催されたようです。私はまだ見ていませんが、

これは、熱が出た頃に撮影されていたものです。


役者さんたちに囲まれてやっくんは、自分が、一つのことを深く追求している

人たちには敵わないことを、改めて自覚させられたのかもしれません。


ここから、やっくんは、自分のやりたいこと(役割)について、
模索する日々が始まります。


やっくんはその日のブログで、お笑い芸人らしくオチをつけていますが、

芸能界にいらっしゃらないお母様が、そんなことを考えるはずがないので、

何かやっくんの役に立ちたくて、いつも以上に真剣に考えました。


その時に書いたのが、「あきらめなければ夢が叶う」ことを

大分のライブで経験できたことと、


やっくんの好きなところが、ファン思いなところ、真面目で一生懸命なところ、

たくさんの可能性を秘めているところだということ。



そして「感謝」では、

初めて行ったライブに感謝の言葉を書いてくれたから、本当のファンになれた

全てのステージをあげることは、贅沢ではなく、逆に使命だと思う。


「フレッシュさ」

大分では、やっくんが本当にのびのびと楽しそうだったから、自分も

いつも以上に楽しかったし、できれば盛り上がったまま終わって欲しかった。


新しいネタはトリではない時に試してみて。

失敗は成功の元だから、あまり恐がらないで。


「いい言葉」

どこかの知らない人ではない、やっくんの言葉だからこそ、命を感じる。

書いてくれてありがとう。時々読み返すね。


「お知らせ」

ストイックに見える人でも上手に息抜きしていると思う。


「ホワイトデー」

やっくんならできるし、やっくんならやっていけるから大丈夫!! 自信を持って。


「新冠・・・よめる?」

自分のことばかりを考えている間は、

幸せだとは思えないのかもしれない


無いものよりも、持っているもの

(見えるものも、見えないものも、側にいてくれる人も)を


意識しながら生きるようにすれば、きっといつでも

幸せでいられるのでしょうね


「すげーの」

いつまでも、戻れない過去に縛られるのは、

もったいないと気づいてからは、一切後悔していない。


今となっては懐かしい思い出。

だって今は、主人とやっくんがいてくれて、こんなに幸せだから。


「釧路慕情」

客観的に見て、やっくんにはそれだけの魅力と実力がある。

私は、毎日の生活の全てが、自分の貴重な経験になると思う。


結局は、そこから何を学ぶのか、自分はどう思うのか、

そして、それを今後どう生かすのか、だと思う。


たくさんの事を経験しても、そこから何も得なければ意味はない。

やっくんは、それができる人だから、私は尊敬する。


「成功とは」

失敗することは、格好悪いわけでもないし、

やっくんの芸能人生が終わるわけでもない。


もし、失敗したら、それを笑いに変えてしまって。

やっくんなら、できると思う。


これからも新しいことにどんどんチャレンジして、

いつか、お笑い、歌、演技など、やっくんができることの


全てが融合された「やっくんワールド」を築いて、

みんなを楽しませてあげて。私も楽しみにしている。


「アホ」

やっくんには、自分でも気づいているたくさんの才能があるので、

根気よく育てていって。いつかとてもきれいに花開くと思う。


「追い込み」

あと一週間なんだね。ここまで来たら、あとは、悔いが残らないように

全力を尽くしてね。いつか、東京以外でも開催されることを心待ちにしてる。



それ以降、私が伝えられるメッセージは、もうなかったのですが、
「充実しています」で、「答えはここに書くのが恥ずかしいので


まだ書かないけど、自分のやりたいことははっきりしました!

これからもそこを追求していきたいです!頑張ろーっと!」と


やっくんが書いていた時、やりたいことはよく分かりませんでしたが

やっくんが元気になって、ホッとしたことを覚えています。


この時、やっくんはチェリブロの準備をしている最中でした。

当時はチェリブロのことを よく分かっていなかったのですが、


それは、やっくんのできることがたくさん詰まったライブで、

まさに「やっくんワールド」だったんです。


やっくんが、一つのものを追及している人に対して

コンプレックスを持っていることが、伝わってきていたので、


やっくんにしかできないことを、自信持ってやって欲しくて、

「やっくんワールド」という言葉を考えました。


一つのものしか追求されてこなかった方には、

決して作り上げることができない世界。


もしかしたら、今の時点(2008年3月)で誰も作り上げることが

できない世界を、やっくんだけは作れるかもしれない。


歌と演技ができる方はいますが、知名度があって、お笑いや声優まで

プロの域でできるのは、やっくんだけなのではないかと思ったのです。


やっくんもその言葉を気に入ってくれたようで、一年以上過ぎてから

結局、最後となるチェリブロの準備を始める頃に、使ってくれました。





「やっくんへの想い」で書いたコナンですが、これは、9/26「アフレコ」の時に、収録されたものです。詳しいことは、翌日のやっくんのブログの「コナン」に書いてあります。


やっくんの喉の状態が悪い時で、私は知りませんでしたが

10月には、手術を決断していたようです。


「乗り遅れるかもしれない」で、やっくんを必死で励ましたかったのは、

これを見ていたのも、理由の一つでした。


当時の私は、あの女の子のような存在になりたかったのだと思います。


改めて見直してみて、サタン鬼塚は、やっくんと重なる部分があり、

やっくんの思いが、ひしひしと伝わってきました。