Junkoの心日記 -15ページ目

Junkoの心日記

思ったことや感じたことを、綴っていきます。

何かを、感じていただけたら、嬉しいです


そんな、恋人募集の記事で盛り上がっていた間に、

やっくんは、マイナス5キロのダイエット宣言をしていました。


やっくんにとっては、2度目のダイエットなのですが、

途中から応援し始めた私にとっては、初めてでした。


1度目は写真集の為で、相当ハードなダイエット

をしたということは、後から知ったのですが、


いきなり、お昼はサラダしか食べていないことと、

急激に体重が減っているということに驚き、


しかも、何の為のダイエットなのか、いつまでに痩せないと

いけないのか、全く分からなかったので、心配して、

反対せざるおえませんでした。


そして今回は、私だけでなく、同じように心配されている方が

多かったので、やっくんに本気のメッセージを書きました。


「やっくんへ

やっくんを応援している人たちの多くは、やっくんのダイエットを

望んでいないと思う。やっくんの意思を尊重して、みんなが

応援していることを知って無理しないで。」


2日後、マイナス3キロに、目標を修正してくれました。


最終日に、「でも、58キロを超えないように、これからも

体重は計っていかないとね」と書いてあり、「?」と思ったのですが、


ファンからうるさく言われたから、公表をやめただけで、実は、

ダイエットを続けていたことを、後から地元の番組で知りました。


ちなみに、その番組は、私がやっくんと初対面した日に

撮影されていたものでした。








くまうさに関してはそういうことなので、

本当にお返事として、当時、初めて実感したのは、

佐藤がっかりさんと、うーやんさんの恋人募集に関してです。


やっくんが、「絶対にひやかしなしでお願いします。」って書いていて

プロフィールのページに、本気の方々が何人かいらしたので、


「真剣な方もいるから、企画が進むといいね。」と書いたら、

やっくんも「真剣な人もいるので」と書いていて

嬉しかったのを覚えています。


私は、本気で応援していたのですが、反対される方も多くて、

その後、再びそれに関する記事がアップされるのですが、

荒れてしまい、さらにお詫びの記事まで消されてしまいました。


私は、ショックで熱が出て寝込んでしまい、一日経ってから、

「やっくんは強いね。私は、真剣に応援してただけに、


本当にショックだったし、バテちゃった。やっくんが毎回、

頑張るって自分に言い聞かせているのが切ない。」と書きました。


しばらく何もなかったので、その件については、もう終わりだと

思っていたら、他の方々の意見を取り入れて、復活していたので、

驚いて、「やっくんは、優しいね。」と書きながら、


「やっくんには、彼女がいるんだろうな。そうでなきゃ人の為に

ここまで動けないはず。本人の恋人募集ならともかく、


違う人の恋人募集で、こんな騒動になっているくらいだから、

彼女発覚になったら、すごいことになるんだろうな。」と、思いました。



ちなみに、そのお詫びが載せられたのは、早朝だったと思うのですが、

その日が、初の笑っていいとものテレフォンショッキングの出演日でした。


ブログでは、「芸人なら、必ず最初の目標がテレフォンショッキングに

出る事だからね。」と書いてあるのですが、それは一般論のようで、


後から、やっくんは「この番組は、あたいの最終目標だったから、

いろんな番組に出てからこれに出たかったのに、いきなり最初から


出ることになって、あたい、これからどうすればいいの?」と

ラジオや雑誌など、いろんなところで話しているのを聞きました。


その事を知っていたので、「美女♂menとして少しずつ頂点に

登り詰めて行きたい。」というやっくんの気持ちが分かるし、

今回も、あえて飛行機を使わなかった理由も分かるのです。


ただ、やっくん自身としては、今年の3月の時点で、既に

車で福岡に来るのはきついと、ブログに書いているので、

メンバーに対する思いもあったのかなと思います。


やっくん自身が、芸能界の厳しさを、特に誤報の時に

嫌というほど味わっているので、今の段階で楽を覚えたら、


後々が苦しくなるから、若いうちは苦労した方がいいということを、

きちんと教えたかったのかもしれません。




途中ですが、土曜日は主人と、

やっくんの追悼ドライブをしてきました。


ルネッサながとのすぐ近くにある、青海島に寄って、

美祢インターから高速で帰るルートです。


中国道は、今年の1月に往復していて、行きに関しては、

カーブが多く、ほとんど貸切状態だったのを覚えています。


その前に通った時は、右から車線変更してきた、とても大きな

トラックにつぶされそうになり、間一髪助かりました。


帰りに関しては、いつも寝ていて全く記憶がないので、

どんな場所だったのか、気になっていました。



朝、出発した時、妙な緊張感があり、やっくんに会いに行く時は、

最初のライブ以外は、毎回緊張していたことを思い出しました。


遠い場所が多く、往復だけでも大変でしたが、

その疲れを上回る満足感がいつもあり


明日からまた頑張ろうという気持ちが湧き、

2日後もまだワクワク感が残っていました。

今回は、やっくんに会えるわけではないのに、

緊張している自分が不思議でした。


昼間にゆっくりしすぎて、美祢インターを通過したのは、

予定より1時間遅れの5時50分頃。


その直前ぐらいから、緊張はマックスに達していて、

もう陽も落ちてしまい、よく見えませんでしたが、
あの場所を見つけたくて必死でした。


インターから2キロの地点だと思っていたので、中央分離帯の壁を

探していたのですが、ガードレールしかなくて焦りました。


登ったり、下ったり、カーブの連続の道をしばらく走ったところで、

やっと壁が出てきたので、「この辺かな?」と思い、


「みんな早く成仏してね。やっくん、成仏してくれてありがとう!」と、

手を合わせながら、心の中で言いました。


私が以前読んだ本に、交通事故の場合、「早く成仏してね」と

声をかけるのが、一番いいと書いてあったからです。


でも、本当に、そこだったのかは分からなかった時に、

電光掲示板が左に見えてきて直感的に、


「もしかしてこっちかも?」と思ったのですが、

後で調べたら、やはり、その手前付近でした。


魔のカーブと呼ばれているようですが、私の印象だと、

どこで事故が起きても、おかしくないような気がしました。


やっくんが走っていた時は、1時間早かったこともあり、

あまり車が走っていなかったのだと思いますが、


私たちが走った時間帯は、割と車の数が多く、

主人は、左側を90キロで走っていたようですが、


ほとんどの車が右車線を追い越して行き、

車間距離も、カーブにしては充分とは思えなかったので、


その時に、もし、先頭の車が事故を起こしたら、
みんな巻き添えになるかもしれないと、思いました。



「やっくんは、走りながら何を思っていたんだろう?」

という疑問が、高速に乗った瞬間浮かんだのですが、

分かったのは、「少しでも早く着きたい」という思い。


そこから、福岡にたどり着くまでに1時間くらい。

熊本なら、プラス2時間くらい。


朝、6時に出発し、5時に限りなく近いその時点で、

その日のうちに熊本に入るつもりなら、尚更のこと。



私達は、やっくんが守ってくれたおかげで、

無事に帰りつくことができました。