呼吸器科の診察の思い出し笑い | pinocoのブログ

pinocoのブログ

巨大子宮筋腫、乳がんetc·····
何があっても自分らしく生きる七転び八起きの精神でユーモアを忘れず生きています。

今日の呼吸器科の通院での事

久しぶりに院長の診察だった



院長「お、まだ生きてたか」


父「。。。。。。生きてたわ」


看護師と自分──笑





院長「あ~90まで生きれるわ」


父「。。。。90までかい」


看護師と自分──笑






院長「いやもっとでも良いんだけれどさ

とりあえず10年ずつさ」


父「10年かい。。。。」


看護師と自分──爆笑




信頼関係とはこういう事をいう








この前久しぶりにかかった時は

父がこんな事を言い出したっけ


父「先生のお陰で長生きすることが出来ました」


院長「死んじゃったみたいだな。。。

まだまだ生きれるから大丈夫だわ」


看護師と自分──爆笑





どっちもどっちだ







余談だが

自分もこの呼吸器科にかかっている


以前咳が一ヶ月止まらなくて

他の病院にかかっていたが

しまいには肋骨を折ってしまったので


この院長にかかったところ

一時間で治まった


骨折り損とはこのことだなと思った瞬間だった






そんな見立ての良い医師なのだが

この院長は点滴に

自分が使えない薬を入れてしまった事がある


点滴の途中から身体の震えが止まらなくなってしまった

点滴が終わった時には立つ事も出来ずに

酷い状態で


看護師が院長を呼びに行き

院長が自分に


「〇〇だめだったかい。。あ~入れてしまったわ

30分したら大丈夫だからもう少し休んでって」


。。。。


確かに30分後には身体の震えは治まり

無事に立ち上がり帰る事ができたが

それからは

自分は別の医師を指名している


良い院長なのはわかっているけれど

自分の身体は守りたい










父の話に戻るが


この院長と出会う前に

総合病院の別の医師にかかっていた


父の咳は病院にかかっているのに

どんどん悪化していき


それこそ咳で死んでしまうかと思う様な毎日だった


まだ元気だった母親が

これはだめだと

大学病院へ連れて行った


大学病院でついた診断名は

今までの「肺炎」とは違っていて「肺気腫」だった

出してもらったお薬でかなり症状は落ち着いた



その後すぐに

その的確な診断をしてくれた医師は大学病院を辞めて独立した


父は大学病院に通うことなく

独立した医師の病院に今も通っている





父も自分も

命を助けてもらった事は間違いない