九州の地震のニュースで思い出したこと | pinocoのブログ

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巨大子宮筋腫、乳がんetc·····
何があっても自分らしく生きる七転び八起きの精神でユーモアを忘れず生きています。

九州で地震だ



こういう時はTVをつける


昨年の能登地震

そして30年前の阪神・淡路大震災もこの時期だった


父方の祖父の葬儀で

栃木へ行った帰りに震災があった


当時は携帯など持っていなかったので

乗っていた寝台車が止まっていた理由がわからないまま数時間止まった寝台車の中にいた


何時間遅れか忘れてしまったが


札幌駅について

駅の大きな画面で

阪神・淡路大震災の様子が流れていて



あぁ、これで止まっていたんだと

強烈に記憶に残った



そして、すっかり忘れていたが

今日は父方の祖父の命日だった



あの頃は叔父も生きていたし

祖母も生きていた


久しぶりに会った祖母は太っていて


プルーンを食べなさいと言われ

嫌がる自分に


栄養があるのにねぇ


と笑った顔を思い出す


叔父はクリスチャンだったので

数珠は持たないと言っていたのが印象的で




その時に父方の従兄弟達に会ったきり

もう30年経っている


父方の祖母と母親は仲が悪かった




子どもの頃は祖母の事が苦手だったが

自分と祖母は晩年文通していた


あんなに苦手だった父方の祖母は

嫌な人でも何でもなく

大好きな祖母だった


父方の祖母が亡くなった時

母親が入退院を繰り返していたのだったのか

もう忘れてしまったが


栃木にいくことはなかった




父方の祖父母とは

あまり一緒にいた記憶はないが


もっと話がしたかった



ちょっと話が逸れるが


クリスチャンの叔父が

亡くなった事を知ったのは

病院で読んだ雑誌の記事だった


地元では割と有名な叔父だったので

新聞や雑誌によく出ていた



また叔父のことが書かれているな

くらいの気持ちでその記事をみると


叔父の名前の前に「故」がついていた


へ?

いつ亡くなっていたのだ。。。


しかも叔父の奥さんが。。。叔母ではない。。。

へ?


。。。


いつの間にか

叔父と叔母は離婚していて

叔父は再婚していた


その記事をみつけた一年ほど前に

叔父は亡くなっていた


記事の内容は忘れたが

その記事で

そういう事が読み取れた



叔父と自分は血の繋がりはないので

叔母と別れた時点で他人だが


結構なショックだった





九州の地震のニュースを観て

そんな事を思い出す


そして何より

地震の被害が広がりませんように


とそう願う