2016/7/20 子宮全摘術後の闘い⑬─また、再入院─── | pinocoのブログ

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2015年巨大子宮筋腫のために

子宮全摘術後を行ったその後の記録です

 

 

 

2016年7月20日に書いたモノです

 

 

 

 

 

喘息で体が弱っていたからか
弱っていたからか喘息が出たのか───



2016年7月16日(土)

朝起きて立ち上がると、左側の足が痛くてまともにつけない

それでも階段の下にあるトイレだけ済ませて座薬を入れてじっと安静にすること二時間、起き上がって歩き出す



のども渇いたし、おなかも減った
顔も洗いたい
外は真夏の蒸し暑さでここに飲まず食わずではいられない

身支度をしてコンビニに今日の水分と食糧を買いに行く
左側の足は付けるようになったが、右側のそけい部に痛みが走る


整骨院にも行ってみるが、いつものようには圧せない状態である


まずい、また歩けなくなる


病院にいこうと思ったが、さて、どうしようかややしばらく考える
旭川の救急にいって、対応できる状況ではないってことはもう承知の上である


この状態でかかれるのは手術をしたあともずっとかかっていた札幌の病院だと判断し、電話をかける



いつもの警備のおじさんが出る
休日の国立病院の体制は、ここから始まる


当直の当番の師長に変わり、症状を言うと、
「旭川の救急にいって、かかった方が良いと思う症状です」

と言う



かかったとしても、今までの経験から、旭川ではどこも積極的な検査も治療も出来はしない。結局、今、札幌の病院にかかっているならそこでよーく診てもらってと言われて終わりだ
痛み止めの飲み薬も坐薬も売るほどもらってきている

他で何も手を出せないのは当たり前である


それをその師長にいうと、

「じゃあ、ここに今日かかりたいって言うんですか?そんな痛がってる状況でどうやってこれるんですか?これたとして入院する事なんて出来なかったらどうやって帰るんですか?」

「・・・・・・・・」


当たり前の言葉では有るが、普通にそういう対応はくるとは思ったが、今までのことを話し、旭川で対応できないから困ってそちらに電話をしてることを伝えると、

「じゃあ、かかりたいって言ってるんですね?」

呆れた答えが返ってきた
いや、頭の固い人の真面目な正しい答えと言ったらいいだろう


言い方を変えてみよう

「婦人科の先生と話はできませんか?」

当番の師長は、

「出来るかもしれないしできないかもしれませんが・・・」

と言葉を濁す

「出来なかったら仕方ないのであきらめますが、連絡だけとってくださいませんか?」

そう言ってやっとしぶしぶ連絡をとってくれることになった


婦人科のトップ、スーパーマンS先生と電話が繋がった


S先生は口が悪いが気持ちはある先生だ

今日の症状をいい、旭川にかかるには、わかって貰えない状況と、喘息と発熱もして、さらに下肢の痛みでにっちもさっちもいかないこと。そういうことを相談出来るのがS先生のところだと言うことで、無理を言って、先生につなげてもらったことを言った


S先生は、みんなが言うような冷たさは無く、こう答える

「そうだね、旭川にかかるには、まずうちの病院にまた入院して、整形にかかって、そこから通える旭川の整形にと言うルートだよ。いま旭川にかかっても、よくわからないし対応出来ないと思う。主治医のO先生とはどんな話しになってるのさ・・・・・・・・
こんな時どうしようか話してないのかい?

明日にでもこれますか?」



2016年7月17日(日)


最初の入院から8ヶ月で五回目の入院をした


入院後すぐにスーパーマンS先生が現れた

自分はなぜかこの先生が憎めない
口はものすごくわるいし、弱って不安でいっぱいの患者にものすごい圧力をかけた言い方もしている事もあった
実際昨日、休みの日に電話をかけたこともさんざん後の電話で言われた
そのときはただ先生の感情論だけが口から出ている
つらいときにそんなことを言われると、普段はなんてことなくても、よよよと涙がでるものである

この先生はものすごい良い先生なのにここがおしい


しかし、先生の顔をみると、ホッと笑顔になる


「先生、昨日はありがとう」


先生は照れくさそうに、ニヤリと笑う

先生は医師である

主治医ではないが、自分は先生の患者である


ずっとこのS先生一押しの、神経の痛みに効く『りりか』と言う薬を断ってきたが、今回はこれを飲まなきゃなにも出来ないという


以前の入院中、一回は飲んだが、見事にぐらぐらのふらふらになってやめてもらった薬である



S先生の『りりか』に対するあつい想いをさんざんきいたあと、この先生のこの思いを信じようと思い、先生に、再度飲んでみようかと思うが、少ない量から初めてみてはくれないか?と、言ってみた


S先生は、りりかにちいさいものはないし、そもそもカプセルだからそれを分けることは出来ないという
そんなこと、当たり前の常識だろうくらいの勢いであった

しかし、そのくらいの先生の態度には自分ははへっちゃらで、
麻酔科の先生だったか、神経の先生にかかったときに、もう少し少ない量から始めたら良かったのにと言われたことを言ってみた


鼻息荒かったS先生の動きが少し止まって

「ん?どこの先生が言ったんだ?」

と、聞いてきた

「よく覚えてないけれど、麻酔科か神経科だと思う」

と答えると、


「そうか、でも薬はガツンときかなきゃダメだ、これは最初にふらふらになる副作用は有るけれど、絶対神経の痺れや痛みにきくんだから、俺は出すからな。いい?出すよ。のんでふらふらになって、ほかの科にかかりたいって言っても休日で2日間はどこにもかかれないからね、わかった?出すよ!」


と、言って去っていった


何故か可笑しくなってその場にいた看護師と目が合うとニヤリと笑いあう


動けないし、もうこんなに勧めてくれる『りりか』というものをのんでやろうという気持ちになっていた




30分くらいたっただろうか、S先生がまたやってきた

薬の辞典みたいなのを自分の前にぼんっと広げて置き、こう話し始めた

「『りりか』一般的に、成人一日150ミリ、一日二回朝夕75ミリって書いてあるでしょう、一般的には僕が前に出した処方で良いんだよ」

ほう、と思いながら僕は黙って聞いている

「でさ、この下にかいてあるんだけど
『りりか』って25ミリのカプセルもあってさ、うちであつかってるんだよね
で、25ミリを2カプセルで50ミリでしょう、三分の2の量から出そうと思うだけれど、いい?」


口では色々言うが、一生懸命調べてきてくれた先生に対して嬉しくて、こういった


「ありがとう、先生、でも三分の一からはダメなの?」

案の定、

「ダメ、ガツンときかなきゃ意味がない。出すよ、良いかい、出すからね、絶対効くから、効くんだから!」


と、言って去っていった


また看護師と笑うしかなかった
こんなにあつい先生なのにこの言葉使いや、余計な圧力をかける様なことをいうのがこの先生の評判の悪さでもある、でも、自分ははこの先生がなぜだか憎めない


だって本当にただ処方したいだけなら、患者が言ったことを無視して75ミリを出しても良かったはずである


ちゃんと薬の辞典を手に持って、「あったわ・・」なんてものすごいかわいらしいじゃないか、態度や言葉使いは一貫してスーパーマンのままだが、人間性がにじみ出ている



そしてその晩から『りりか』を飲むことになった

喘息の薬もまだ飲んでいたので、なにやら片手いっぱいの薬を食後に飲むハメになった

それから2日間、『りりか』の副作用はものすごいものだった
頭はふわふわでぐらぐらで起きあがれない。吐き気もして食欲なんかでない、息も苦しい。不整脈も出てくる。頭に膜が張ったみたいで耳も遠い。
熱も下がらないし、下肢の痛みはそのままで、2日間はただただベッドの上で死んだように寝ていただけであった

S先生のいう、『ガツン』はまさに相当の言葉以上の『ガツン』だった


2016年7月19日(火)

三連休の休みが明けた

『りりか』を飲んで2日たったが、午前中はまだ起きあがれない


さがらない熱を不安に思うが、回診の女医は、熱は暑いからじゃないかしら?と言う
それ以外に原因はわからないから、それを含めて精神科にかかりませんか?と言ってきた


血液検査も尿すら取らないで、何を言ってるんだ、
他の検査だって、何も異常が無いって言うのはいつの検査のことだ?
手術のときはもう、半年もたっている
手術のすぐ後だって、痛みを訴えても何も診ないで大丈夫だからと退院させられ、結局痛くて我慢できなくなって緊急入院したときは炎症をおこしていたではないか


この先生は何をいってるんだろう?
精神科にかかりたいならとっくに自分からお願いしている
そんなプライドでかかりたくないわけじゃない
いつも入院だけして、何も検査しないで何ともないから原因がわかりませんってなんだ?


と、この先生に言うのはやめて、受診はしませんとだけ言い、理由は主治医のO先生に話しますとだけ言った



夕方、外来の終わった主治医のO先生とやっと話すことができた



起き上がり、ひとりで車椅子で移動出きるくらい回復していた

編み物検定に向けての勉強にも集中できるくらい頭の回転は戻っていた


O先生はいきなりこう話し出した

「もう、婦人科の領域じゃないから、善意で入院させてあげてるだけで、色んな検査ができません」



唖然とした



「じゃあ、調べられるところを紹介してほしいんです
このまま退院しても、また同じ事の繰り返しで、もうこんな入院は終わりにしたいんです
腰の症状が悪くなったのは明らかにこないだの入院の途中でした。何故整形にかかれないんですか?ここにかかれないなら、他を紹介してください。こんなのおかしいじゃないですか。」


O先生はいつもの穏やかな口調でこう続ける

「婦人科から他の整形って紹介は出来ないんです。紹介するとしたらここの整形の先生からですが、婦人科から整形はこの状況ではかかれないんです。精神科ならかかれます」

この理不尽さに腹が立ってきた

「今回入院を受けてくれたS先生は、今回ここの婦人科に入院して、整形にかかって、どこか紹介っていっていましたがそれは何だったんですか?」


そう言うとO先生は

「わかりました。そういうことなら何とか整形の手配はします。」


出来るんじゃん・・・

だけど、ここまで言わないとダメなのかと、組織や仕組みにがっかりした

そして、

「決まりはわかりました。だけれど、血液検査ですらできないんですか?」


ときくと、それくらいは出来ると言い、翌日すぐに採血をしてくれることになった


なんともまぁ・・・
検査しないんじゃなく、出来ない仕組みがあったわけで、じゃあ、どうしてこんなになる前に他に紹介しないのかが甚だ疑問であるが、何か理由が有るのだろう


しかし薬にこんなに弱い自分が精神科の薬を飲まされたら何も主張することができなくなるのは目に見えている


そして、そこに頼る事はいらない自分が居ることも感じている


かかりたいときは遠慮なく言っている



何もかもよくわからないベールに包まれた感じで、うっかり病院側のいいなりになっていたらいけないと感じた今日だった


O先生を頼って飛び込んだ病院で命を助けられたが、もう、ここでの闘いは終わった

次の闘いの場所に繋げてもらう事をお願いして、前進有るのみだと思った



ベッドに戻り、ぼーっと寝る支度をしていたら、ひょっこりS先生が現れた


「『りりか』どうだい?」


大分慣れて、目がしらっちゃけてみえる感じがするのが気になるけれど、こうやって起きあがれるようになったことを言うと、

 

痛みはどうだい?と聞いてきた

まだ変わらないけれど、座薬は今日はさしてない事を言うと、S先生は嬉しそうに

「そうか、そうか、慣れてきたら次は痛みが無くなってくるから、効くからそれ、絶対効くから!!」

と、お決まりの言葉を残して去ろうとした



思わず

「ありがとう、先生」

とやっぱり言ってしまう


S先生は嬉しそうにニヤリときびすを返してスーパーマンらしく去っていった





自分は何だかんだと色々救われているんだなと思う


先生以外も心配してくれる周りの方達にもささえられている


自分が頑張らないとそういうことも無いままだったかもしれない
まだまだ頑張らなくっちゃ