僕たちが生きていく上で大切なことは「バランス」だと思うんです。もうこれに限るんじゃないかとまで思っています。まあ、これは持論ではなく、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』をすこしかじった上で「確かに」と感じたことを書いています。皆さんは「中庸説」って聞いたことありますか?僕の場合は、高校の世界史でちょろっと出てきたぐらいで具体的にどういうものなのか知らなかったのですが、すごく簡単に言うと「バランスが大切」ということだそうです。僕はまだ完全に理解できていないのにここで書いているので、もし間違った解釈をしているのならばもう僕の持論として語ってしまおうとおもいます(笑)

 

 僕たちの生きる目的って何だと思いますか?答えは人によって様々だと思います。お金を稼ぐとか健康に生きるとかいろいろあると思いますが、その答えはまだ質問が可能で「なんのためにお金を稼いだり健康になりたいのか」と問うことができます。アリストテレスは、その質問の行き着く答えはすべて「幸福のため」になるとしました。じゃあ僕たちが幸福になるためにはどうすればいいのかという疑問の答えが「バランス」というわけです。(いろいろ飛躍してざっくりと書いているので気になった方は是非『ニコマコス倫理学』を読んでみてください。なんなら僕が間違っている可能性も大いにあります。)

 

 ここからは具体的に僕たちの生きる上でのバランスについて考えていきます。以前、プライドは使い方によって良くも悪くもなると書いたのですが、これもバランスといえるでしょう。プライドがありすぎる人はプライドが高いと言われ、自分の失敗を認めず、人の意見も聞こうとはしません。逆にプライドが無さ過ぎる人は、威厳が無く何においても説得力を持たないでしょう。前者も後者も人間らしくていいと僕は思いますが...。現代ではあまり良しとされていない「男らしさ」という言葉がありますよね。では、あまりにもなよなよして泣いてばかりいる男の人がいると、おそらく多くの人がもうすこし男らしくなれよと言うと思います。例をあげればいくらでもありますが何においても、行き過ぎはよくない、「バランス」が大切だと思います。お金にしても勇気にしても愛にしても、ありすぎでもなさ過ぎでもなくそのちょうどいいところを保つことが大切なんじゃないかと。でも、そのバランスなんて人によって基準が違うじゃないか。どうやってここが中間だと判断するんだと疑問に思った方がいるかもしれません。そんな方は是非、アリストテレスの『ニコマコス倫理学』を読んでみてください。なかなか複雑ですがとても細かく説明されています。

 

 結局、今回言いたかったことは、僕たちは何においても「バランス」を意識することでより「幸福」に近づけるのではないかということです。その「ちょうど良さ」がきっと僕たちのなにかしらの悩みや苦しみから救ってくれるかもしれません。ただ、「行き過ぎ」を経験することも時に大切だとも思います。生きるって曖昧で複雑ですね(笑)