僕はプライドが高いです。プライドが高いってあまり良いようには使われていないと思いますが、どう思いますか?そもそもプライドが高いってどういうことなんでしょう。調べてみると、自尊心が高く人の意見を聞かないとか自分の意見を曲げないとか失敗を認めたがらないなどの特徴があるそうです。僕はプライドが高いことを自覚しており、これがあまりいいことではないということも分かっているつもりなのであまり表に出さないように気をつけてはいるのですが、実際はたしかに失敗をしても認めたくないし、自分の意見は曲げたくありません。なんなら、プライドが高いということは良いことだろうとまで思ってしまっています(笑)結局はバランスというかこのプライドの高さも使い方によっては良くも悪くもなると思うんです。
前々から言っていますが、僕は今ワーホリでオーストラリアで生活しているのですが、あまり居心地のいいものではありません。プライドが高い故に誰にも言っていないのですが本当は日本に帰りたいとも思っています。ただ、この帰りたいを食い止めているのがプライドなんです。ここで帰れば大口叩いてオーストラリアまで来た僕にとってただの恥さらしになってしまうではないか。このプライドの高さで今までやってきた僕にとってこれしか頑張る方法がないわけです。
プライドってすごいもんで、僕は今まで疲れると口に出すことがダサいことという謎のプライドがあったのですが、これを続けるとちょっとやそっとのことでは疲れなくなったんです。このぐらいで疲れるのは情けないなとか考え続けていると身体がその考えに順応してきたというか、つまり、僕の身体はプライドで作られているということです(?)人間関係や幸福においてはこういう考えはおすすめできるものではありません。ちゃんと疲れたら疲れたと言う人の方が可愛げがありますし、疲れた方がそれに対するリフレッシュに大きな幸福を感じることもできます。ただ、僕にとってはもうこうするしかないんですね。
とにかく、僕が言いたかったことはプライドだろうが何だろうが使い方次第で良いものになるんじゃないかということです。「バランス」ですね。このバランスについてもいずれ書きたいと思います。
今回も盛大に自分語りをしました。他人の自分語りほど苦痛なものはないとは思いますが、もしここまで読んでくださった人がいましたらありがとうございます。お疲れ様でした。よろしければあなたの自分語りも聞かせてください。