【製品概要】
SENNHEISER HD800/HD800Sの兄弟機にあたる密閉型ヘッドホンです。
今までSENNHEISERは密閉型をハイエンドでは一切出さなかったのですが、いよいよ満を持して登場したのがHD820です。
ドライバーはHD800Sと同様のリングラジエーターを採用しています。
振動板の中央に穴が空いている珍しいドライバーですね。
中央に穴を開けることで、中央に近い部分ほどボイスコイルから遠く振動が変化してしまいやすい、という構造上の欠点を無くすという目論見のようです。
リングラジエーターの構造。凹面ガラスの奥はこうなってるんですね~
ドライバとしては既に十分完成されている、というのがSENNHEISERの見解なのでしょう。
密閉型と開放型では背圧の関係でインピーダンスや音圧感度が変化するのが一般的ですが、インピーダンスは300Ω、音圧感度102dB/Vと変化がありません。
最大の特徴としては、ハウジングに凹面ガラスが嵌め込まれている点でしょう。
単なる魅せるデザインではなく、凹面にすることで音の反射を調整し、上手くドライバー前面に戻すと共に背圧のコントロールを行っているようです。
まぁそもそもデザインとしても非常に優れているのが最高です。
どちらも本当にカッコいい。それ以外の言葉が出ない。
HD800Sの時点でデザインは素晴らしかったのですが、HD820はHD800Sを単に密閉しただけのものでは無く、ハウジング部分は意匠を取り入れつつも完全に再設計されている辺り、SENNHEISERの本気を感じますね。
ケーブルは両出しリケーブルが可能で、コネクタはHD800コネクタが引き続き使われています。
HD800は爆発的なヒットとロングセラーですので、コネクタも独自とは言えリケーブルはある程度販売されているのが有り難いですね。どれもこれもちょっと高いですけど。
現在はHD800Sと同じくバランスケーブルは別売になっているようです。
私がHD800Sを買う時に考えた事なのですが、中古で欠品なしなのにバランスケーブルが付属していない場合、使用歴の浅い新しい個体の可能性が高い、というのは覚えていて損はしないかと思います。
純正のバランスケーブル。ロットによってジャックがXLR4pinだったり4.4mm5極だったりする。
重さは約370gと重くなく、HD800Sより少し軽くなりました。
おそらく樹脂パーツを増やすことで軽量化を図っていると思われます。
装着感は良く、側圧に関しては丁度いいか少し緩めです。
この辺りは流石HD800Sの後継、といった感じですね。
イヤーパッドは肉厚のHD820独自の物に変わっています。
価格は発売時で29万という超高額製品でしたが、現在は22万円とだいぶ落ち着きました。
中古も15~16万円程ですね。
【音の特徴】
<帯域バランス> *主張の強さ
*低域 >>>>>>>--- 7.4 /10
*中域 >>>>>>>>-- 7.7 /10
*高域 >>>>>>>>-- 8.1 /10
<印象評価> *質感の良さ
*低域 9.1 / 10点
*中域 9.0 / 10点
*高域 8.7 / 10点
まず、HD820は非常にフラットなヘッドホンです。
HD800Sがモニターリファレンスなサウンドのまま音場を極限まで広げたように、この機種も方針はブレていません。
低域から高域まで、非常になだらかな線で繋がった帯域バランスをしています。
低域の量感は必要十分程度に抑えられていますが、これはイヤーパッドによる調整が効いているのが大きいと考えています。
本体を手で耳に少し押して聴いてみると、実際はドライバーから結構力強い低域が出ているのがわかります。主に重低域が薄くなるイメージですね。
普通に着けていてもちゃんと鳴っていますが、密閉型っぽいグイグイくるような圧や量感はありません。
おそらく、ズンズン来るような低域はいかにも密閉型風でわざとらしく、音場の広がりの妨げになる為に、ナチュラルな全体としてのバランスを優先して若干スポイルをかけているのではないかと思います。
個人的には量感はやや少なめに感じますが、ZENDAC等の低域増幅機能を使ってみると非常に質の良い低域が楽しめるので、EQやその手の機能とは結構相性がいいと思います。
かなり良質なリスニングバランスになります。
中域は程よい距離感を持ちつつ、キレと解像度に優れた原音に忠実な音です。
解像度に関してはかなり良く、全ての音を残さずキッチリ届けるような忠実さを感じますね。
距離がある音でも結構しっかり届く感じがして、それ故に音場は広がりのある良いバランスです。
ボーカルは遠すぎず近すぎず、程よい距離感に居る感じです。
高域はある程度の密閉型らしさをもっており、開放型に比べ若干強さのある音です。
HD800Sのようなどこまでも抜けていくような繊細さこそありませんが、あくまで密閉型と開放型の差といった感じではあります。
密閉型ゆえに反響と共振で若干主張が強くなる傾向こそありますが、調整はしっかり効いていますので刺さりはありませんね。
低域が足りないからと言って音量を上げすぎると、相対的に高域がキツくなってしまう典型のような機種だと思うので、その点は注意して下さい。
音場に関して、かなり色々なハイエンド機種を試聴しましたが(試聴まとめ 密閉型ヘッドホン編にあった機種)ここまで広さをしっかり出しつつバランスが整っている機種は他にありませんでした。
これはHD820の特筆すべき特徴だと思います。
HD800S譲りの音場を密閉型で再現するために、凹面ガラスを使い、ドライバーの耳とハウジングからの距離を調整し、イヤーパッドを変更して極限まで再現しようと試みた成果が見て取れますね。
空間的には密閉型でもトップクラスの広さだと思います。
定位も左右後ろはかなり広く正確ですが、前方定位感はそれほどありません。
まあ、前方定位がそれほど強烈なヘッドホンをあまり聴いたことは無いですが…
基本的には自分を中心に上下左右に広いですね。
【総評】
<オススメ度> ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 10 (所持)
この価格帯のヘッドホンとなると、そのメーカーの色を出したり、通常とは一線を画したコンセプトが特徴になっていることが多い印象です。
そんな中、HD820は極めて真面目で脚色の少ない音をしています。
HD800Sに比べると音の密度は増していますが、中低域の量感が増やされていたり、高域の伸びが露骨に悪くなったような感覚は受けませんでした。
かなり忠実にHD800番台の音を、密閉型に落とし込んだ印象です。
正直、ここまで書いて来ましたがそれほど物凄い特徴があるわけではない部類に入ると思います。
ただ全てのレベルをここまで高く揃えて、欠点らしい欠点を持たない万能選手は、実はハイエンドでもそれほど居ないと感じました。
つまり、何故主にネットでは全く評価されなかったのかと言えば、明確に評価するのが難しい機種だったからだと思います。
HD820は、HD800Sよりも型番が大きく価格も数万円上がったため、HD800Sを超える衝撃を期待され、またSENNHEISERがようやく出した最高級の密閉型として、刺激的で素晴らしいノリのあるサウンドを期待されてしまった節があるように見えました。
そこで出てきたのは、無味無臭の水のような純然たるモニターリファレンス。
「思ったより全然普通の音」というのも「30万円近い価格でHD800よりずっと高価」となれば、その評価は当然「30万の価値は無い」となってしまいます。
それは私でもそう思うかもしれませんし。高級機にはそれなりの何かを求めるのは当然です。
その時点での評価が、購入者の少なさ、発信の無さからずっと今も「価値がない」として受け継がれてしまっている。そういう種類の不遇さがHD820にはあります。
現在、22万円台まで価格は下がり、中古も15~16万程まで下がった今。この機種はメチャクチャお買い得だって事ですね。
派手さや面白さは無い非常に純粋な音、それにはそれの価値があります。
私のように低域も好きだけど、主体になるというよりは土台として居てくれれば十分で、音の綺麗さ、バランスに重きを置くタイプの方にはまさにドンピシャな機種だと思います。
密閉型だと特にハウジングからの反射音をここまで自然に溶け込ませている機種も相当少ないですよ。
今回は以上となります。
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