みなさんこんにちは、はしチャ・オシムです。
今日は持論を少し書きます。
あくまでも一個人の偏った解釈かもしれませんので、途中まででも読んで頂けると幸いです。
みなさんは組織と集団の違いをご存知ですか?
「ビジョン」があるかどうかです。
そして、その「ビジョン」をみんなで共有しているかどうかです。
「ビジョン」を共有するためには、コミュニケーションが必要です。
しかもメールや電話ではなく、頭と頭と突き合わせて議論をし合うことです。
そういうことができる大人が少なくなったなと最近感じています。
日本というのは「察する」ことを美徳とする文化です。
「空気を読め!」「出る杭は打たれる」というのは典型的な日本文化ですよね。
だから日本の組織は上から下まで統一しやすい構造となっています。
しかしながら、このトップダウン的な構造は、何もしなくても組織は動くし、イエスマンになっていれば何の支障もありません。
その代わり、嫌でも従わないといけませんからストレスは溜まるし、愚痴を言いたくなります。
自ら考えない・動けない・やる気のない人間が育つわけです。
ところが、最近の日本は個性を大切にする文化となってきました。
他人と違うことを肯定する風潮になりましたよね。
個性をはき違えている人はたくさん見ますが、その分自分が傷つくのですから自己責任です。
ここで問題が発生します。
過去からの日本文化で、自ら考えない・動けない・やる気のない人間が個性を持ち始めます。
要するに文句の言い合いだけをして、自分の人生を何も変えることができないのです。
少し学んだ人はこんなことを言います。
「言いたいことは、はっきり言えばいい。」
でも議論になりません。
愚痴を共有して、傷のなめ合いをするだけです。
僕はサッカーの指導者をしながら、子ども相手の仕事をしていますし、以前は営業マンをしていたため、今までたくさんの人と出会ってきました。
年齢に関わらず素敵な人にも出会ってきましたし、邪魔くさい人もいます。
やはり年齢に関わらず素敵な人というのは、色んな人と交流のある「人脈の広い人」です。
類は友を呼ぶというのか・・・
素敵な人間は魅力がありますから、人が人を呼び、そして大きくなるんですよね。
やはり、どんな組織であってもトップに君臨する人は、それなりの魅力があるんだなと思います。
今、僕がいる組織(今は集団)はそういう人が少ないです。
だからバラバラです。
コミュニケーションは取れますが、議論ができる人が少ないです。
だからいつの間にか、若造である僕が口を挟まざるを得なくなる。
それだけレベルが低いんですね。
みなさんサッカーの指導者です。
「どうしたらいい?」
「コミュニケーションとれ!」
「チームワークが大切!」
なぁ~んて言っている指導者ができていない。
市町村レベルでは、こんなもんなのかもしれません。
今僕の周りにいる人達に、最後に尊敬するイビチャ・オシムさんの名言を送りたい。
学ぶことをやめた指導者は、教えることをやめなければならない。