11の魔法で子ども指導  -16ページ目

11の魔法で子ども指導 

池上正さんの「サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法」という本を教科書に、

フットボール指導から学んだノウハウを活かして、

戦術的ピリオダイゼーション理論をベースとした『複雑系の指導』を追求中!!

前回の記事 の続きです・・・



世間で一般的とされている要素還元論 は、「ある一つの物を細部にわたって分け、鍛え・磨き、それを最終的にくっつける」というお話をしました。

学校教育で言えば、国語・算数・理科・社会・・・などの各教科や学問が、一つ一つのパーツであり、フットボールで言えば、トラップ(止める)・キック(蹴る)・ドリブル(運ぶ)が一つ一つのパーツです。

ではそれを最終的にくっつける接着剤は何か?という問いかけで終わっていましたが、

僕自身の考えでは、「活用力」が答えです。


どれだけ良い学問の知識を持っていようが、どれだけ良いテクニックを持っていようが、

何を?

いつ?

どこで?

どのタイミングで?

どうやって?

どのように?

使うかによって、

良くも悪くもなるんです。

いわゆる、発想力・論理力・批判的思考力(クリティカルシンキング)・判断力・表現力という「活用力」も必須なわけです。

だから、「活用力」の伴わない識やテクニックのみの指導は、全くもって意味の成さないものだと理解することができます。




では要素還元論な発想で、この「活用力」を使って一つ一つのパーツをくっつけようとなると、一体何パターンの方法が存在するのでしょうか?


例えば、ある一つの集団社会の中でこれを行おうとしても、

「一つ一つのパーツ数」×「活用力(例えば例示した5つ)」×「その時の環境」×「指導人数」×「指導対象者の発達段階」×「指導する者の精神状態」×「指導される者の精神状態」×・・・・・=?????パターン。

何を?いつ?どこで?どのタイミングで?どうやって?どのように?使うか・・・むにゃむにゃむにゃ。

あああぁぁああああああ・・・・

そんなのわかるかい!!


そうなんです。

そんなのわかるわけないんです。

そんなに人間単純じゃないんです。

だからこそ複雑系 であり、カオス なんです。


そんな特性を踏まえたフットボール界において、理論化し、指導するための価値を知るために、物差しとしてルールと秩序を与えてくれるのが、戦術的ピリオダイゼーション理論(PTP) なわけです。

そんな特性を踏まえた学校教育界において、理論化し、指導するための価値を知るために、物差しとしてルールと秩序を与えてくれるのが、教育的ピリオダイゼーション理論(PEP) なわけです。





僕が導き出した結論はここまでです。


まだ、フィンランド式教育を完全に理解しているわけでもないし、戦術的ピリオダイゼーション理論(PTP)を完全に理解しているわけでもない。

ましてや、教育的ピリオダイゼーション理論(PEP)もまだ構築途中段階である。


なので、村松先生からの宿題である・・・

戦術的ピリオダイゼーション理論を教育に応用するというよりも、非線形科学を教育に応用するという試みだと思います。

に対しての結論は、わかりません!!(先生、すいませんw)



でも、この宿題のおかげで、ある一つの方向性を見つけることができました。

教育的ピリオダイゼーション理論(PEP)は少なからず、フィンランド式教育法と相似関係にあるということです。

以前の記事で書きました 「PEP(教育的ピリオダイゼーション理論)はフィンランド式教育!?」

FCバルセロナジュニアコーチの村松さんと、メールでのコンタクトをきっかけに、”フィンランド式教育”への探求が始まりました。

やっと本を読み終わり、村松さんからの宿題の答えが見え出したので、ここで答えを出していきたいなと思っています。

今回読んだこの本は、あくまでも教育法が述べられた内容であり、理論が載っているわけではないんです。

逆に僕が知る限りのPTP(戦術的ピリオダイゼーション理論)では、理論を知っていても、具体的な方法は指導者任せという、具体的な部分が自分の中にしか存在しないという点で、非常に比較することが困難でした。

まだ完全に理解したわけではないですが、両方を現段階で比較しお知らせしたいと思います。


今回は「フィンランド式教育編」と「戦術的ピリオダイゼーション理論編」の二つでお送りします。


11の魔法で子ども指導



PTPは複雑系 を採用されており、世間一般的な要素還元論 の様に、「ある一つの物を細部にわたって分け、鍛え・磨き、それを最終的にくっつける」という理論ではありません。

例えるなら、「ある一つの物を切ることなく、そのまま拡大・縮小し、生きたまま扱う」とも言うべきでしょうか。

切ったら死んでしまうため、生きたまま活用するというのがPTPです。


フィンランド教育もその様に行っています。

まずは、子ども達の学習の時間を24時間に設定しているという発想です。

24時間指導しようとするなら、学校と家庭の連密は必須です。

あくまでも学問は一つの知識であり、それをいくら習得しようとも、「活用」できなければ意味がないという考え方です。

その「活用」するためには、発想力・論理力・批判的思考力(クリティカルシンキング)・判断力・表現力が必要とされています。

この全てをひっくるめた”活用力”をつけようとする場合、大切なのは習慣化なんです。

要するに脳に関わってくる問題なんですね。(心理学?脳神経学?)


人間の身体というのは、車に例えるなら、心臓はエンジンであり、脳は運転手。

いくら良い部品(知識)を付けようが、運転手のコントロールが下手であれば活かされません。

良くも無ければ悪くも無い。いわゆる「宝の持ち腐れ」というものですね。(下手すれば悪くなる可能性も)

発想力・論理力・批判的思考力・判断力・表現力という”活用力”が必要となるわけです。


例えば人間の1年間を時間で表した場合、「24×365=8760時間」なんですね。

この時間のうち、学校で学習する時間なんて何時間なんでしょうか?

今の学校の先生は、全ての先生がプロ意識を持っているというわけではなく、適当に指導している人や、指導力のない人だっています。子どもが本当に身につけている時間は少ないのでは?と考えます。

ましてや、日本の教育内容では、この”活用力”を専門的に取り上げた授業は少なく、まだまだ知識偏重型の授業体制が採られています。

要するに、ただでさえ知識偏重で学んでいるのに、時間が少ない。

どこで”活用力”を学ぶんだ?って話です。

子どもにとって、家庭時間の重要性、高くないですか??



では話を元に戻します。



最初に話しました、要素還元論の話おぼえていますか?

世間で一般的とされている要素還元論は、「ある一つの物を細部にわたって分け、鍛え・磨き、それを最終的にくっつける」んです。

国語・算数・理科・社会・・・という各パーツを、それぞれ鍛え・磨き上げ、くっつければ優秀なんです。


あれ?

一つ忘れてないですか?

この各パーツ、どうやってくっつけるの?って話です。

接着剤必要ですよね?



みなさん、この接着剤何だと思いますか?



何を?

いつ?

どこで?

どのタイミングで?

どうやって?

どのように?

くっつけるんですか?



続きは次回に。

昨日からインフルエンザにかかり、部屋で隔離状態のはしチャ・オシムです(笑)

熱は下がりましたが、明日までは仕事休むようにと言われたので、溜まっている本を読み漁りたいと思っています。



みなさん、自立”て言葉ご存知ですか?


おそらく、パッと頭に思い浮かばれるのは「経済的自立」のことだと思います。

「そんなん、仕事して親に頼っていなければ自立してるんだよ!」と思われる方がほとんではないでしょうか?


実は自立って3つの意味があったんですね。

このサイトのページで素晴らしい内容の文章を見つけました。

株式会社GLOVAさんの行動規定 からの引用)




1、経済的自立
一般的には、就職すれば経済的に自立したといわれます。親の世話にならずに自分の生活費は自分で稼ぐようになるからです。
 ところがそれだけでは本当に経済的に自立したことにはなりません。会社の中で最低限給料の分だけの経済的価値を生み出して初めて、本当の意味で自立といえるのです。もしも給料の分さえも価値を生んでないとしたら、それは会社に養ってもらっているのです。養ってもらうのが親か会社かが違うだけで、親のスネをかじっている子供と何一つ変わらないのです。いわゆる「社内失業」がこれです。単に職があるからと甘んじることなく、自分の生産性(生み出す価値)を常に意識して、真に経済的に自立できるようにしましょう。


2、社会的自立
 例えば「会社では業務の質こそが大切であって、人間関係云々の感情論は仕事に持ち込むべきではない。上司に嫌われようが同僚から無視されようが構わない」という考えを持っている人がいるとしましょう。この場合、この人は自立していると言えるでしょうか?
 答えはNO。個人を会社に例えれば、給料は「売上」に相当します。上司は「顧客」です。仕事をもらうのも評価されるのも上司からです。お客さんを怒らせて商売が成り立ちますか?あなたがもし会社の社長だったらどうだ?顧客の感情なんてどうでもいいなんて思わないですよね。
 さらに言えば、会社は「マーケット」に、同僚の人々は「社会」に相当します。自社を理解し、そのニーズを満たそうとする努力は「マーケティング」に、日頃から良好な人間関係を保つことは、「広報活動」に相当します。つまり、冒頭のような考えでは、世間では一本立ちできないのです。組織の中だからこそ食いっぱぐれず生きていけるのです。周りの人が寛大さだから許されているのです。

人間は一人で生きてはいけません。それに気付かない人は「他人に頼らない自分は自立した人間」と思っていたりしますが、実は社会的に自立できていない「甘えん坊のおこちゃま」です。
自分で自分の周りの人間関係をつくっていける人が、真に社会的に自立した人です。



3、精神的自立
 みんな人間ですから、落ち込むときもあれば弱るときもあります。そんなとき、お互いに励ましあっていくのはとても美しいことです。でも過度に周りを振り回すような感情の波はダメです。機嫌がよいときはよいが、悪くなると半径10メートルの人々を巻き込んで雰囲気を暗くする。常に誰かが「よしよし」しないとネガティブになる。そんな人は精神的に自立していません。
 適度に甘えるのは可愛いのでOK。だけど周りが負担に感じるような甘え方はしないように、自分の感情は自分でコントロールする。それができらた精神的な自立です。




この3つのうち、小学校の段階で指導できるものは2つあると思います。

それは「社会的自立」「精神的自立」です。


NLP理論やコーチング法はそれを養うための方法だと思っています。

論理的に物事を判断させ、表現させるのですから。

そのためには、言語技術によるアプローチが非常に有効ですよね。


やはり指導って奥深くておもしろい。

一見、全てが異なっている様に見えますが、僕はその奥に繋がっている線が見えています。





<P・S>
11の魔法で子ども指導
今読んでいる本は、三森ゆりかさん著書の「外国語を身につけるための日本語レッスン」

これ、題名を観る限り、英語の先生や英語の授業用の本!?

なんて思う方もいらっしるかもしれませんが、全くもって違います。

要するに、コミュニケーション力を上げるための、日本語言語技術講座です。

コーチングで子どもを指導するためには、こちらの言葉の使い方が重要になってきます。

そのためには、指導者側の言語技術も高めないといけませんよね。