他の人がやっているから正しいのか? | 11の魔法で子ども指導 

11の魔法で子ども指導 

池上正さんの「サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法」という本を教科書に、

フットボール指導から学んだノウハウを活かして、

戦術的ピリオダイゼーション理論をベースとした『複雑系の指導』を追求中!!

僕は今、学級崩壊している小学校2年生のクラス補助に9月から入っています。

ここ最近は、やっと通常の授業体制になりつつあり、やっと指導のスタートラインに立つことができました。

そんなクラスを観ていて、最近一つ疑問に思うことがあります。




小学校2年生(8歳)という年齢を考慮しても不思議に思うのですが・・・


子ども達は何かにつけて、

「先生!これでいい?」

「先生!○○していい?」

と言います。


何かをやる時には、必ず他人を観ます。

そして一人で何かをする時には、必ずと言っていいほど、一瞬フリーズ(固まる)します。




「これでいい?」とか「○○していい?」というのは、先生(または大人)の価値観に合っているかどうかの話で、対象そのものが良いのか悪いのかを判断してないんです。(大人の言動や思想が正しいとは限らないのに・・・)

こういう子ども程、何か失敗した時にコーチングで問うと・・・


「だって(必ずこの言葉)、●●君がしていたから・・・」

と、言うんですね。


要するに、自立へ向けて歩み出していないのです。

(8歳の場合はこれからですけどね)




このパターンの子どもというのは、親ないし教師が、圧倒的な権力によりリーダーシップを発揮し、子どもに命令して指導(子育て)している場合が多いです。

これを「知らぬ間の過保護(甘やかし)」と僕は呼んでいます。


僕達大人が何を言っても・・・

「いや、俺は●●と思ったからやってん」

という子どもが非常に少なく感じます。





例えば、僕がある女の子の髪を撫でて、褒めていたとします。

果たして、これは良いことなのでしょうか?悪いことなのでしょうか?


良いとしたら、なぜ良いのでしょうか?

悪いとしたら、なぜ悪いのでしょうか?



現行の学習指導要領に記載されている「生きる力」を養った子なら、この質問には答えられるはずです。

この問題が解ける子ども達を育てようと学校教育はしているのです。




果たして、学校現場ではできているのでしょうか?

果たして、家庭教育ではできているのでしょうか?