100㎞のウルトラマラソンに挑戦しようと思ったのは、フルマラソンでは得られない感動を味わいたかったからだ。
42.195㎞のフルマラソン完走が20回ともなると、単なる完走だけでは感動しなくなったし、ここ3年自己ベスト更新できず、サブスリーを維持するのがやっとという状態。
3時間以内でゴールすることは大きな喜びには違いないけれど、「感動のゴール」とは程遠い。
では、ウルトラマラソンはどうか?
経験者の話によると、いい大人が泣きながらゴールするという。
迷うことなく第24回チャレンジ富士五湖100㎞の部にエントリーした。
この大会は、112㎞、100㎞、72㎞と3種目あって、100㎞の部は本栖湖を除く四湖を走る。
エントリー総数は4381人、そのうちの2191人が100㎞の部だ。
コース上にはだいたい5㎞ごとにエイドステーション(給水、給食)がある。
また、“コース上荷物サービス”というのがあって、51.3㎞と69.5㎞のエイドステーションで自分の着替えや食べ物などを預けておくことができる。
ただ、交通規制はしていないので、ランナーは主に歩道を走り、信号機も守らなければならない。
スタート前に考えていたこと、実践したことは、
・ウルトラマラソンは、フルマラソンでタイムが頭打ちになったランナーたちの主戦場
・膨大なエネルギーを消費するので、太ってもOK

走行中はとにかく食べること
・給食は、前半は固形物。後半は胃が受け付けなくなるからジェルなどの流動食
・経験者のブログによると信号待ちのロスを回避するため、間に合いそうならペースアップ、無理ならスローダウン。なるべく止まる時間を少なくする
・3月に57㎞走を2本実施。そのうち1本はキロ5分39秒で走れたから、本番では50~60㎞までは、キロ5分30秒でいけるだろう
・とはいえ、後半脚が死んでガクッと失速するだろうから、タイムには特にこだわらないが、おそらく10時間半くらいでいけるんじゃないか
・歩かずに完走すること。これだけは絶対に達成する

といったところだった。
今にして思えば完全にナメきっていた。
実際走ってみて、いい意味でも悪い意味でそれらのイメージは大きく覆された。
前日は19時に就寝。
でもなかなか寝付けず、500mlのビールを2本飲んでやっと眠る


0時に起きて、家族連れで1時に自宅を出発し、3時前に現地入りした。
【序盤】
気温は0℃。うす暗く濃い霧の中、5時にスタート。
最初のラップは5分59。
抑え目に入ったが、体がすごく重い。増量のしすぎだろうか?
その後5㎞までは下りになって、ぐんぐん加速しラップは4分36まであがる。
坂を下りきって最初の信号待ちでジャスミンさんに声をかけられた。
彼女は相当走りこんでいるので、どこかで抜かれるだろうな、とは思っていたが、
ぼくがまだ元気なうちに捕まってびっくりした。
ついていくとキロ5分15~20くらいのペース。
こちらの予定より少し速い。
そのうち尿意を感じてトイレにかけこんで用をたす。
約1分のロス。
前を行くジャスミンさんとの差を少しずつつめて追いつくと、また尿意が!
用をたして再び開いた1分の差を徐々につめていく、ということを30㎞までの間になんと6回も繰り返してしまった。
寒さと昨晩のビール2本のせいだろう。
エイドステーションでの、給水、給食の時間ロスは最小限にとどめておく。

※小雨の降る山中湖畔。まだ余裕の表情。
【38㎞~51㎞】
38㎞あたりで、最初に「河口湖」の道路標識が見えたところのちょっとした上り坂で、脚があがらず、バネがすでになくなっていることに気が付く。
100㎞の長丁場なのに、トイレや信号機前後でのペースアップはやはり無謀だった。
コースが細かなアップダウンのある歩道だったことも影響したのだろう。
ここで早々とジャスミンさんにはKO負け(結局ジャスミンさんは、見事サブ10=10時間切りを達成されたのでした)。
まだ半分もいかないのに、フルマラソンでいうところの撃沈

コースのところどころで応援してくれている家族ところにいき、少しでも軽量化するためにふくらはぎカバーを脱ぐことにした。
ここで早くも「脚がやばい、リタイヤするかも」と家族に告げる。
42㎞の河口湖大橋を3時間56分で通過。
しかし両太ももが痛く、今まで痛めたことのない左ひざまでおかしくなってきて、得意の下り坂でもまったくペースが上がらない。
たまらずロキソニン(痛み止め)を飲む。
とりあえず51.3㎞の西浜小学校のエイドでリタイヤするつもりで走ることにした。
47㎞あたりでレイコさん、teeiさんの私設エイドを発見

リポDとエールをいただき、元気アップ。

※画像はレイコさんから。ありがとうございます。
その直後死んだと思った脚が復活し、再びキロ5分台のペースを連発する。
”ウルトラって不思議だな”と思いながら西浜小のエイドに到着。
給水、給食はしっかりとり、
事前に預けてある荷物からもエネルギーチャージし後半戦に備える。
【51㎞~69㎞】
元気になったので、「歩かず完走するぞ!」と決心する。
忙しい週末に仕事を休んで走っている。リタイヤなんてできるわけがない。
痛いからといって、肉離れとかアキレス腱断裂でもない限りリタイヤはしないぞ

、と気合いを入れた。
しかし、この後コースは劇坂の連続だった。
上りは大の苦手だから、ラップはキロ8分半まで落ちるし、脚はすっかり消耗してしまった。
精進湖へ通じる長く緩やかな下りは、もはや太ももへの拷問以外の何物でもなく、
フォアフットからズル、ズルっと音を立てながらの着地。
着地のたびに両足の裏まで痛みだし、もう普段のフォームで走れなくなっている。
平地ですらキロ8分台。こんなペースで今まで走ったこともない。
おまけにウエストポーチのパワージェルが底ついてしまい、エネルギー切れと寒さで両腕がしびれてきた。
“エイドでうどんおかわりしときゃよかった。69㎞の本栖湖エイドが遠いな。でもここからがウルトラマラソンなんだ”と自分に言い聞かせる。
もうタイムなんてどうでもよくなってきた。
【69㎞~79㎞】
本栖湖県営駐車場エイドでは、お腹がすいていたのでかなり食べた。
立っているとフラつくほど脚はひどい状態だったが、胃袋は意外と元気だった。
Tシャツを着替え、パワージェルをポーチにつめて、今来たコースを折り返す。
一生懸命走っても、後ろからは抜かれるばかりだった。
おまけに狭い歩道を本栖湖エイドへ向かうランナーとぶつかりそうになりながらすれ違う。
“転倒したら、こりゃ車にひかれるぞ”と気が抜けない。
下り坂をズル、ズルと音を立てながら走っていると、後方から、
「ジュンちゃ~ん、なにやってんの~

」
と大声をかけられた。
なんと112㎞の部を走行中のわだっちさんだった。
ウルトラを何度も経験されているランナーは違う。
軽快な足取りで坂を下っていく。
一足先にうどんエイドに着いたわだっちさんとしばし談笑。
残り20㎞互いの健闘を誓いあい、出発。
ぼくより10歳年上のわだっちさんの姿はあっという間に見えなくなった。
【79㎞~95㎞】
相変わらず脚は痛いが、わだっちさんとのエール交換で少し元気になった。
85㎞あたりで、
「38㎞で撃沈して、その後50㎞近くもずっと痛みに耐えながらここまできたんだな~」
と思うとウルウルしてきた。
家族は相変わらず車から応援してくれている。
だが、ゴールはまだまだ先。感傷に浸っている場合じゃない。
西湖、河口湖の湖畔はわりと平坦になる。
ペースはキロ7分前後。心拍数は120台でも呼吸が苦しい。
体を前傾させ、倒れそうになったところで脚を出して、ズルっと音を立てて着地する。
そんな走り方を続けてきたせいで、先月買ったばかりのアディゼロテンポ6の左のアウトソールが一部はがれてしまった。
すでに10時間は経過し、肩も腕も痛くなってきた。
後ろから次々とランナーがぼくを抜いていく。
白髪の年配の方や、ギャルっぽい女性ランナーも。
“みんなすごいな。でも、これは自分との戦い。最後まで歩かず完走しよう。”

※西湖

※呼吸が苦しく表情がゆがむ

※左足のアウトソールがはがれ、エイドでカッターを借り、切り捨て
【95㎞~ゴール】
いよいよ最後にして最大の難所、3.5㎞の上り坂がやってきた。
いろんな人のブログによれば、ここではたまらず歩いてしまうランナーが多いらしい。
湘南平のバス通りほどの急こう配ではないが、先が見えない延々と続く上り坂は95㎞も走ってきた肉体には非常にキツイ。
でも、どんなにペースが遅かろうが、絶対に歩かずに完走する

の一心。
実際、歩いているランナーと抜きつ抜かれつの状態。
呼吸は上がり心臓がパンクしそうだった。
ずっと痛みに耐えながら走り続けてきたのに、ここで歩いてしまったら絶対に後悔する。
それだけはイヤだった。
やっとの思いで上りきったところで、最後のエイドが見えた。
ここで温かいコーヒーをいただき、呼吸を整えた。
あとは残り2㎞を下るだけだ。
筋肉が硬直している太ももで下り坂の衝撃をうけつつ、ゴールを目指す。
やがて競技場が見えてきたところで、長男が待っていて、
「あとすこし、もう上りはないよ」
と言って並走してくれた。
富士北麓公園内に入ると、大勢の人たちがいて、前後左右から
「おかえりなさ~い」
と声をかけてくれる。
“やっと、やっと、やっとここまできたんだ。
やればできるんだ。
諦めないで本当に良かった。”
自然と熱いものが込み上げてきた。
「加川淳さん、おかえりなさ~い」
との会場アナウンスを聞き、トラックに入ると50m先にゴールゲート見えた。
スタッフの方が赤いゴールテープを張って待ってくれている。
両腕を上げてガッツポーズ。
感動の瞬間だった。
記念のメダルとタオルをかけられて、
近くのベンチに座ると感動の涙と全身の痛みでしばらく動けなかった。

【振り返って】
初めてのウルトラマラソンは、距離も、痛みも、苦しさも、そして感動もすべてのスケールがケタ違いに大きかった。
フルマラソンで撃沈して不本意なタイムでゴールした時は、悔しさしか残らないけれど、
ウルトラマラソンは全然違う。
タイム云々じゃない。
38㎞で脚がダメになってからも耐えに耐え、歩かずにゴールできたことに心がふるえた。
すごく大きなことをやり遂げたという満足感でいっぱいだ。

※完走メダルはこれまでもらったどのメダルよりも、重厚だ
反省点も多い
・直前3日間で増量しすぎ。7600kcalも消費し、ゴール後豚汁しか食べていないのに家に帰って体重計に乗って唖然とした。レース前は計っていなかったが、間違いなく普段より6㎏以上は増えていたはず
・前日のビールはもってのほか
・シューズはもう少し軽めのものが良かったかも
・太ももの強化のために、スクワットは必須
・100㎞の長丁場には、信号待ちや給水、給食のタイムロスを気にする必要はなし(少なくともぼくのレベルでは)
・ウルトラマラソンは、フルでタイムが頭打ちになったランナーの行き場などという生易しいものではない。しっかりと準備をして臨むべき
車から100㎞応援し続けてくれた家族には、本当に感謝。スタッフの方や、施設エイドの応援も寒い中、本当にありがとうございました。
かつてないほどの筋肉痛で苦しんでいる今、次も!という気にはとてもなれない。
が、また挑戦しよう、日がくるかもしれない。

※くるぶしが見えなくなるほどパンパンにむくんだ足
おしまい
