Part.4 第2章 転身(2)
「お、お見合い?」 モーションは声を大にして叫ぶ。
「ちょっと声を抑えて!」 ルンルンは彼女の口をしっかりふさぐ。モーションはアーアウーウと声音を漏らし、ルンルンが釘を刺す。 「わめき声を上げちゃダメ。いい?」
モーションは素早くうなずき、自由になると同時に質問する。 「シャオホン、お見合いに行く気?」
「私じゃなくて、私たち」
「私も?な、何でよ?」 モーションはキョトンとする。
「社内の彼氏いない女子の中では私たちが最年長なんだよ。訪れたチャンスはしっかりつかまないと、結婚ってできないもんなの。わかってる?」 ルンルンはパラパラパラとカレンダーをめくる。 「本日の餌食はXX会社のシステム・エンジニアで、2人。だったらあなたと私で行けば、ちょうどいいじゃん」
「行くんなら1人で行って。私は行かない」
「向こうは2人なんだから、私だけじゃ対処しきれない……モーションちゃん、普段あなたに色々力を貸してあげてるわよね。私が今年お嫁に行けるかどうか、ぜーんぶあなたにかかってんだけどな」 ルンルンはまるで捨てられた子犬のように、とても憐れっぽく彼女を見る。
「1人ずつ誘えばいいんじゃないの」
「ノー。そんなの効率悪すぎ。それに、モーションの手助けが必要なの」
「何をするの?」 ルンルンの言う手助けが生易しいものではなさそうで、モーションは慎重に訊く。
待ってましたとばかりに、彼女は机の中からドンと数々の品――黒縁眼鏡、奇妙な髪型のかつら、ブレスレットにもなりそうな大きなイヤリング、そして全身超カラフルな衣装――を取り出す。
「これは何?」 モーションは山と積まれた小道具に目を丸くする。
「あなたをブサイクに変身させて、私の美を引き立てる!」
「……で、私は何人目の被害者?」
退社時間になるが早いか、ルンルンはモーションを引っ張って一目散にひた走るが、やっと階下に達したかと思ったら、今度は大きな声で叫ぶ。 「しまった!必勝リップを持って来てない」
パタパタパタとまた駆け上がって、お見合い必勝との呼び声高い口紅を取りに戻る。
モーションは出入口で待っていたのだが、ふと妬けつくような視線を感じ、その視線の先に目を向けると、なんとホー・イーチェンではないか。
視線が合い、彼は彼女に向かってうなずき、挨拶をする。
モーションの胸がドキドキする。私に会いに来たの?この前の 「沈黙の夕食」から、すでにひと月近く経っている。その間一切連絡を取っていないが、今回彼は私に会いに来たのだろうか?
足が勝手に彼のほうへ進んで行く。
「ここへはどうして?」
「待ち合わせだ」 彼は簡潔に答える。
「ああ、誰かと……」
「イーチェン!」 艶かしい声と同時にスリムで美しい女性が目の前に現れ、モーションの心は沈んだ。
「約束の相手が来たから、お先に失礼」 彼は淡々と告げて、その女性と一緒に立ち去った。
「えっ、ええ、さよなら」
彼女はその場にぼんやり突っ立ったまま、彼らが駐車場へ向かうのを見送る。ルンルンが現れ、「行こう」 と促すまで、なんと足を動かす力もなかった。「馬鹿みたいに突っ立って何してんの?ぐずぐずしてたら間に合わない。あなたにメイクしてあげなきゃなんないし。いいこと、あくまでも引き立て役に徹して……」
変装する必要はまったくなかった。モーションはお見合いの席上、想像通りぼうっとした表情にリアクションも鈍くて、ルンルンの晴れやかなイメージを完ぺきに引き立てた。
彼が再びやって来て、あの人を待っている。
モーションがフランス窓から下を眺めると、全身からオーラあふれ出るホー・イーチェンがシンプルなシャツとパンツ姿で階下に立っていた。今月に入って彼は、4、5日ごとにここに姿を見せてはその後、その美しい彼女と連れ立ってどこかへ行く。
今日は週末、彼がまた来ている。
彼はかつて私を待ったことなどなかった。
「モーション、モーション」 ルンルンがまた狡猾に呼び止める。 「今日は週末だよね。私と一緒に……」
「いいわよ」
「えっ?」 ルンルンは一瞬ポカンとした。 「私が何したいか、わかってんの?」
「お見合いでしょ!」 モーションは気色ばんで言う。前回の「見事な働き」を見込んで、どうやらルンルンは私に白羽の矢を立てたらしい。毎週末、半ば強制的に「見合いの付添人」として私を連れ出す。
でも、ルンルンに付き添ってお見合いに行くのも結構楽しい。所詮、相手が私に好意を持つ心配をする必要もないし、ただ食事に行って、彼女がおどけてみせる姿を見られればそれで十分。
ところで、「今日の相手はどんな人?」
「ホホホホ、若き才能の持ち主、外科医よ。フレンチを食べて、ハハハハ……」
モーションはルンルンの得意げな様子を見て吹き出しそうになる。実際、彼女はかなりのやり手で、お見合い相手は回を重ねるにつれエリートになっているが、これまで成功したためしがない。それどころか、訳がわからない理由でいい男友達とか、友達の夫になってしまっている。そうなると、もうちょっかいを出すわけにもいかず、29歳になって晩婚の域に入ったルンルンは、いい人のもとへ嫁いでみせると意気込んでいた。
早めに帰宅して「扮装」しなくてはならないため、モーションは定時に仕事を終えるが、階下にいるホー・イーチェンとの鉢合わせは避けて通れない。モーションは頭を下げて通り過ぎたいのに、思いがけずルンルンが突然止まり、とても恐ろしい目つきでホー・イーチェン……の傍らの美女を睨みつける。
「サイテー!」 ルンルンが身もだえして言う。モーションはまだ反応しきれないうちに、イーチェンとその美女の目の前に引っ張り出された。
「女狐が。またナンパでもしてんでしょ」
その美女は意外にも、それまでの淑やかさとは打って変わって罵声を浴びせる。 「婚活マニアのくせして。また別の人を引き連れて、お見合いに行く気?」 彼女はモーションを一瞥した。 「自分よりうんときれいな人をお供にしちゃってさ、アンタなんかせいぜい壁の花になるのが関の山ね。一生お嫁になんて行けやしない!」
2人が実際にこんな口論を始めて、モーションは唖然とする。そして、きまり悪そうにイーチェンに挨拶をする。 「どうも!」
彼の顔が曇ったように見える。当然、ガールフレンドが女狐に罵倒されて喜ぶ人間などいるはずもない。
「あのう、ごめんなさい。この人、ああやって口は悪いけど、悪意はないんで」 モーションはルンルンに代わって弁解する。
イーチェンはまるで人殺しのような目をして、声は氷が造れそうなほど冷たい。 「君は見合いに行くのか?」
「えっ、ええ……」 モーションは何と言えばいいかわからなかったのだが、躊躇する態度はむしろ彼に肯定の返答をしたに等しい。
彼は何も言わず、浮かない表情で彼女をチラリと見やり、すぐにその場を離れた。
「イーチェン、待って」 ルンルンと喧嘩していた美女は彼が立ち去るのを見て、スパッと戦いに幕を下ろし、急いで後を追う。
モーションはしばらく自分の気持ちを整理する気になれなかった。なぜなら、ルンルンの表情が何だかとっても変だったから。ウソ……泣いてるの?
ルンルン!毎日お調子者のルンルンが泣いてる?
「シャオホン、言い負かせられなかったから泣くなんて、恥ずかしすぎるわよ」
「何を知ってるっていうの!」 ルンルンは涙に濡れた目を見張って彼女をじろりと見る。 「あの女は私の最初の彼氏を奪ったんだよ」
まあ、まさに‘恨み骨髄に徹す’だわ!たちまちモーションの反発心がむくむくと顔を出し、ルンルンの肩を叩く。 「いい人はどこにだっているって。私たちで今夜、イケメンを見つけて、あの人にギャフンと言わせちゃおう」
「好きな人を盗られて怒ってるわけじゃない。人から奪って行ったくせに大事にしないから怒ってんの。彼は交通事故を起こして大怪我して、足を失ったせいで捨てられた。どうしてそんな真似ができるわけ!何で彼は今もそんな女を愛してるの?彼はどうして私を好きじゃないの、私があの子ほどきれいじゃないせい?ウウッウウッ……」
モーションはその告白に衝撃を受けた。夢見る夢子のルンルンにそんなエピソードがあるとは思ってもいなかった。やっぱり見た目ネアカな人ほど内面は脆いものなのだろうか?
ずっと彼女を慰めていたせいで、2人して初の遅刻。モーションはブサイクメイクをする時間もなかった。ルンルンのテンションは上がらず、珍しいことに主導権を握ったり、おちゃらけたりしなかった。その結果……
2人の優秀な外科医はなんと彼女たちにとても心惹かれた?!
何てこと!これも‘災い転じて福となす’のうちに入るの?
男性陣の過剰なまでの熱意に押され、4人は映画を見て、カラオケに行き、夜食を食べてと遊びまくり、11時過ぎにやっと家に帰る。
すぐ近くにアパートが見えてきて、モーションはようやくほっと息をついた。 「チェン先生、ここで結構です。送っていただいてありがとうございました」
「ああ」 チェン医師は心臓病の話題を止め、紳士的に言う。 「じゃあ、おやすみなさい、チャオさん。今日はとても楽しい時間を過ごせましたよ」
「私もです。おやすみなさい!」 モーションは笑顔で答え、彼が立ち去るのを待って階段を上がる。
廊下の明かりが壊れていて、一体に薄暗かった。モーションは4階の玄関前にたどり着き、手探りで鍵を取り出そうとする。するといきなり、長身の黒い影が視界に現れて、モーションは驚き、鍵がガチャンと床に落ちてしまった。
「あなた……」
言い終わらないうちに、彼女はかたい胸に抱き寄せられ、無防備な唇はきつく押しつけられた。彼は少しも容赦なく彼女の唇を繰り返し攻めたてる。火のように熱いキスはそれでは飽き足らず、首筋までむさぼり続ける。まるで抑圧された怒りをすべて狂気に変えて吐き出すかのように。彼の手が彼女の襟元を押し開き、彼女は少し肌寒さを感じたが、すぐに彼の唇と舌で覆われ吸い込まれてしまう。
モーションはリアクションを取る間もなく、不意をつかれてカオスにはまり込む。その空漠とした雰囲気の中、酒の匂いが漂ってくる。アルコール?彼はお酒を飲んだの!
モーションはハッと我に返り、息も絶え絶えに叫ぶ。 「イーチェン!」
彼の動きが遅くなり、止まった。顔をまだ彼女の首筋に埋めたまま、ハアハアと低くあえいでいる。
しばらくして、ようやく彼のくぐもった声が聞こえる。 「俺は負けた」
どういう意味?
「これだけ長い時間経っても、結局俺は君に負けた。惨敗だ」
どうして彼の声はこんなに悲しそうなの。
「イーチェン、何を言ってるの?酔っ払ってるの?」 彼女は心配になって尋ねる。
沈黙。そして、彼女をぱっと押し退ける。きれいな瞳が困惑と怒りで闇夜にきらめき、彼はにわかに冷静さを取り戻して言う。 「俺は酔ってない。イカれちまったんだ」
彼は現れた時と同様、あっという間に消えていなくなった。もしも、唇にわずかな疼きを感じていなければ、これは荒唐無稽な夢と思ったことだろう。
床の鍵を拾ってドアを開ける。中に入ってからも、放心状態で玄関に立っていた。もしも、電話が突然鳴り響かなければ、あとどのくらいそこに立ち尽くしていたかわからない。
電話に出た途端、ルンルンの興奮した声が聞こえる。 「モーション、そちらさんはどんな感触?」
何がどんな感触?モーションはすぐには頭を切り替えられなかった。
「早く教えてってば。チェン先生から何かアプローチあった?次のデートのお誘いは?」
「ないわ」
「ありえない!」 ルンルンは大声で叫び出す。 「彼、見るからに大満足した様子だったのに」
あの人はきっと、あれだけ根気よく彼の「心臓病と愛情」の特別講座に耳を傾けてくれる人がいたことに満足したんでしょうよ。
「そっちは?」 モーションは彼女とこの話を続けたくなくて、直接彼女に尋ねる。
「明日、映画を見ようって誘われちゃった。ヘへへへ……」 おっかない笑い声が電話越しに伝ってくる。 「モーション、明日から私は淑女風スタイルでいくからね!」