2017年5月30日(火)

 

新宿ピカデリーで、『夜空はいつでも最高密度の青色だ』。

 

詩を読んでるような台詞回しがアレだったり(原作が詩集なので無理もないのだけど)、話の運びにリアリティを欠く分部があったり(路上の歌手の使い方とか。まさかそんな運びにしませんよねと思ってたらその通りの展開になって「うっそ~ん」みたいな)、東京ってそんな街かなぁと疑問に感じるところがあったりもしたのだけど、そういうところに余裕で目をつぶれるぐらい主役の石橋静河さんと池松壮亮くんがよかったし、好きだなと思える場面もいくつかあった。

 

石井裕也監督というと僕はノレなかった作品もいくつかあるのだけど、あれこれ思いつつもこれ、けっこう好きだなと。たぶん、出てくるみんながどうしようなく不器用だからかな。

 

相変わらず捨てられた子犬みたいな池松くんはやっぱりよいですね。そして石橋静河さん。上手い下手とかじゃなく、この人は大物女優に育っていくんだろなっていう存在感、ありました。若い頃の凌さんにときどきそっくりだったりもしたし。あと田中哲司さんがよかったです。

 

2017年5月27日(土)~28日(日)

 

長野県「こだまの森」キャンプ場で、TAICOCLUB2017。

 

ほぼ毎年行ってるTAICOCLUBに今年も行ってきた。雨降りの年もたまにあるけど今年は快晴。テント設営してから開演までだいぶ時間があったので、ビール~白ワインをぐびぐび・だらだら(この時間が一番幸せ、ってとこもあるな)。

 

で、こんな動き。

 

MOODMAN→クボタタケシ→D.A.N.→KOHH→黒田卓也→Little Simz→(ほんのちょっとだけ)相対性理論→yahyel→Bibio→Battels→cero→水曜日のカンパネラ→Daphni→睡眠→Mr.Ties→撤収。

 

去年のフジに続いて観たD.A.N.は今回もまたサポメンの小林うてなさんに魅せられた。KOHHはEXシアターで観た先月のワンマンより遥かに気合入ってる様子で早々にダイブ。フェスのほうがKOHHはよいというのが僕とヨメの結論。で、途中抜けして黒田卓也バンドへ。これが予想を上回る最高さ加減。TAICOの野外音楽堂と黒田バンドの音の相性は抜群で、「現在の黒田バンドのグルーブは野外でスタンディングで浴びるためにある!」と言い切りたくなったりも。フェラ・クティ曲のアフロビートからコーリー・キングの歌をフィーチャーしたネオソウル曲への展開にしびれ、ラストは再びアフロビートの「Think Twice」でオレ、昇天。この前のビルボードライブもやっぱ観にいきゃよかったなぁ…と軽く後悔したくらい今の彼のバンドは最高の状態にあった。因みに黒田さんとコーリーは夜中のceroのステージにもゲストで登場。

 

(女優さんでもあるラッパーの)Little Simzは、始めは客が少なかったが、高いパフォーマンス力で徐々に熱を帯びてった。なるほど、ケンドリック・ラマーも絶賛するだけのことはある地力。今年のタイコで一番の収穫。で、期待して初めて観たyahyelは、音と映像は素晴らしかったが、ヴォーカルが僕的には全然ダメ(好き嫌いがハッキリ分かれるタイプね。あのヴォーカルが最高だという人も多いようだし)。今回はライブセットだっていうんで期待してたBibioも淡々としすぎてて気持ちがノレずに途中抜け。バトルズはもちろんよかったが、去年のフジ越えはならず。ceroは後半、新曲ばかりで攻めたが、ヴォーカル・高城のピッチがやけに不安定に感じられた。水カンもまた前半から新曲だらけ。彼女とこだまの森の野外音楽堂の相性は実によく、去年のタイコのあともいろんなとこで彼女のライブを観たけどやっぱタイコで観る水カンが一番いいなと思ったり。今回も客のなかに分け入って塔に登って歌ったり、球体に入って転がったりと、いつだって期待以上のことをやってくれるコムアイはえらいなぁ。で、4時頃にテント戻ってバンタキュー。8時に起きて早朝のMr.Tiesでもうひと踊り。

 

ってなわけで今年もいろいろ楽しかったけど、ライブに関しては去年に比べて驚きや発見が少なかったのがちと惜しかったところ。まあ去年が凄すぎたってのもあるんですけどね。去年はテイラー・マクファーリンもワンオートリックス・ポイント・ネヴァーも想像以上だったし、何よりアルカがあまりにも衝撃的だった故。あの衝撃を上回るものなんてそうそうあるわきゃないんだけど。

 

さあ、泣いても笑っても、TAICOCLUBはあと1回。来年でおしまい。「終わっちゃうんだな…」ってな残念な思いもありつつ、でも確かに最近は名のある邦楽アーティストの出演が増えてきて以前あったレイブっぽさがなくなり、よくない意味でフェスとして“ちゃんとしてきちゃった感”あるしなぁ、ってところもあったので、終らせたくなった主催者・太郎氏の気持ちもまあわかるかなと。何しろ大好きなフェスなので、最後となる来年もしっかり行きますよ、見届けますよ。

 

2017年5月26日(金)

 

ビルボードライブ東京で、s-ken&hot bomboms。

『テキーラ・ザ・リッパー』リリースパーティー。

 

20数年ぶりにオリジナル・メンバーで再集結したボンボンズの音の、なんとかっこいいこと。あんなにファンキーでパンキーな音を出せるバンドが日本にほかにいますか? って話。曲が進むごとに開放的になって、歌声に艶がでてきてたs-kenさんも最高にいかしてた。

 

因みに僕が観た1stショーはゲストで元PE'Zの門田ジョーさんと中山うりさんが出演(2ndは竹中直人さんだそうな)。うりさんとs-kenさんのデュエット、ステキでした。

 

それにしても、ボンボンズの音はビルボードライブのあの空間に思ってた以上に合ってたな。

 

前日は下北沢ガーデンで大槻ケンヂとチャボとリクオによる、じゃがたらの「もうがまんできない」を聴いて、今夜はヤヒロトモヒロさんのいるs-ken&hot bombomsのライブを観て。まさに“繋がった世界”。2017年、面白い!

 

2017年5月25日(木)

 

下北沢ガーデンで、「HOBO CONNECTION 2017 ~HOBO SPECIAL~」。

 

出演は、リクオwith HOBO HOUSE BAND、仲井戸“CHABO”麗市、大槻ケンヂ。

 

リクオとチャボの共演は以前にも同イベントで観ているので、イメージができる。音楽と音楽。音楽愛と音楽愛。魂と魂。その真剣さの上に立っての交感(または交歓)。しかし今回はそこに大槻ケンヂが加わるのだ。言うなれば異物混入(←あ、失礼な意味で書いてるわけじゃないですよ、もちろん)。果たしてそのことがライブにどのような作用をもたらすのか、イメージができなかった。が、だからこそ興味をもった。

 

さすがに謙虚さが表れた様子の大槻だったが、MCの面白さはチャボをも笑わせ(コント映像の収録でマジになって監督に問いただすジョニー大倉を清志郎が見て、大槻に「ジョニー大倉って怖いね」と囁いた…という話を披露。チャボ、爆笑しながら「あいつ弱っちいからなw」)、バンド内においては“いい、いじられ役”も務め(これまでのバンド人生で一度もしたことがなかったという“曲の締め”が、案の定ビシッと決まらず、チャボが面白がって何度もやらせてた)、楽しくもほのぼのしたムードをライブ全体に注いでいた。筋少のようなヘヴィな音のバンドじゃないところでガナらず歌う大槻の歌を僕は初めて聴いたのだが、それも味わいあってなかなかよかったし、彼を見て演奏するチャボもリクオもとても楽しそうだったのがまたよかった。

 

一方、チャボとリクオwith HOBO HOUSE BANDによる時間は、そりゃあ音楽的にビシッと引き締まっていながら豊かな味わいのあるもので、言うまでもないけどやっぱり素晴らしかった。ドラムが替わった新生HOBO HOUSE BANDの演奏がまた素晴らしく、とりわけ宮下広輔によるペダルスティールの音表現にしびれた。彼とチャボとの音のやりとりなんかもう、そこから景色が見えてくるようでね。

 

演奏された曲はそれぞれのオリジナルとそれぞれの思い入れのあるカヴァー曲をいくつか。RCの曲が思いのほか多く、清志郎への言及(チャボ「5月…未だにピンとこない忌野くんの命日」とポツリ)もあったりして、僕的にはこの前の「忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー 中野サンプラザホール Love&Peace」なんかより遥かに清志郎を近くに感じることができた。

 

選ばれた曲と曲にはいくつかの繋がりがあり、そこからメッセージ的なものも浮かび上がってきたりした。リクオが披露した新曲のうちのひとつに「永遠のロックンロール」と題された曲があり、チャボはあとでチャック・ベリー追悼的に「ロックンロール・ミュージック」を演奏したりして、終盤には「雨あがりの夜空に」もあったわけだから、つまりテーマのひとつは言うなれば「ロックンロール・ミュージックのステキさと永遠性と希望」だっただろう。因みにリクオは「ブルーハーツが聴こえる」というようなタイトルのロック曲の終盤で「あれから30年、バッテリーはビンビンだぜ。大人だろ、勇気を出せよ」と歌いこんだ。今こその「大人だろ、勇気を出せよ」で、そこに僕はめちゃめちゃグっときた。

 

それに加えて、出演者全員でじゃがたらの「もうがまんできない」をやり(ヴォーカルは大槻)、続けてRCの日本語詞カヴァー「明日なき世界」をやったあたりからも、もうひとつの明確なテーマが浮かび上がってきた。リクオは「共謀」や「忖度」といったワードもMCのなかで度々用いていたので、尚更伝えんとするところは明確。書くまでもない。要するにそういうことだ。

 

ところで、じゃがたらの「もうがまんできない」。自分がこれまで生きてきたなかで特別な日本のバンドが3つあって、そのうちのふたつはRCとじゃがたらなんだが(もうひとつ?   そんなのザ・たこさんに決まってるじゃないですか?!)、そのRCのギタリストがじゃがたらの曲を弾くというのは、なんだか夢みたいなことだった。普通に考えたらありえない。そして大槻ケンヂの歌も気持ちが入っててよかったが、この曲の(特にAメロは)チャボの歌い方にも合うんじゃないかと、実は以前にも考えたことがあったし、昨日も改めて僕はそんなことも考えた。いつかチャボの歌う「もうがまんできない」を聴いてみたい。な~んて高望みですかね。なにしろこのライブの自分的ハイライトは、チャボがじゃがたらの曲を弾いたという、そこ。ホント、こんな日が来るなんて思ってもみなかったよ。

 

あ、そうそう、あとひとつ。チャボが寺岡信芳を紹介する際に、昔のアナーキーの話をするの、好きだなぁ。80年、81年あたり、何度かRCとアナーキーの両方出てるイベントを体験している人間としてはその頃のこともよみがえってきてニッコリしちゃう。寺岡もチャボにいじられるのが嬉しそうでねえ。

 

 

2017年5月23日(火)

 

代官山SPACE ODDで、プリシラ・アーン。

 

SPACE ODDは初めて行ったハコ。熱がこもってて汗かくほど暑かったのはアレだったけど、プリシラのアコースティックな音をいい感じで響かせてて、その面ではよかったです。

 

アジアをツアーでまわってるプリシラの、一夜限りの日本公演。バンドではなく、親友でもあるウェンディ・ウォン(ベース、ヴォーカルほか)とのふたり編成で、半数は弾き語り。ハコの小ささも手伝って、これまでの日本公演よりもさらにインティメイトな雰囲気で、それがよかった。

 

ユーミンの「ひこうき雲」で始まった90分の至福のひととき。始まってすぐに、ああ、やはりこの歌声は唯一無二のものだなと、うっとり実感。自分にとって好きな歌声ベストいくつかには絶対入る。とりわけプリシラとウェンディのハーモニー。その美しさたるや。で、日本語カヴァー曲には70年代のフォークにある郷愁成分もフワっと感じられたり(その歌い手のオリジナルを久々に聴いたとき以上に懐かしい気持ちになるという不思議。プリシラの声の特性ですね)。因みにあとで彼女と話したら、日本に着いてから必死で日本公演のために日本語曲をホテルの部屋で練習し直したそうな。

 

「Fine on The Outside」や「Dream」といった代表曲ももちろん歌ったが、個人的には久々に(一番好きな)2ndアルバム収録の「City Lights」を聴けたのが嬉しかった。あんな感じの深めのオリジナルアルバムをそろそろまた期待したいところでもあります。

 

 

2017年5月21日(日)

 

横浜・赤レンガ倉庫で、GREENROOM FESTIVAL’17。

 

以前は海外アーティストがもう少し多かった気がするのだが、ここ数年は1日に1~3アクトで、基本的には邦楽主体のフェスになった感のあるグリーンルーム。もう何組か海外アクトが増えるといいのにな、例えばアルバムが日本発売されてなくても向こうのライブハウスで地道にやって評価を集めているアーティストとかをもっと呼んでもらえないものだろうか、このフェスならそういうアーティストも合うのに…なんてことを思ったりしつつ。今年は2日目だけ行ってきた。

 

1日目も暑かったようだが、この日も真夏のような陽射しで、日中はとにかく暑くてまいった。それと年々動員が増えているようだが、今年は今までで一番人が多かったんじゃないか。たくさん人が入るってことは、つまりそれだけいいフェスとして認知~定着したってことなので商業的には大成功なんだろうけど、でもちょっと入れすぎじゃないかって気もしたな。人が多ければ多いほど移動も飲食も時間がかかる。以前はいろんな意味で快適なフェスとしてグリーンルームを捉えていたのだが、今年行って感じたのは、いくつかの要素によって快適さが損なわれだしてるということだった。まあそれでも距離的な利便性は大きく、それもあって動員が増えているところもあるのだろうし、自分も軽い気分で行けるわけだけど。いやぁ~、でもあの人の多さと暑さにはだいぶやられて疲労しましたわ。

 

とはいえ、ライブ自体はどれもよかったです。観たのは以下の通り。

 

藤原さくら→安藤裕子→ジェイク・バグ→イジー・ビズ→マイア・ヒラサワ→奥田民生→トータス。

 

トリのトータスを除いて、そういやみんなシンガー・ソングライター。女性は声そのものが魅力の人ばっか。とりわけ数年前にTAICO CLUBで観て以来だったマイア・ヒラサワが素晴らしかった。彼女の歌聴くと力が湧いてきますね。特に後半、グッときてちょっと泣きそうになっちった。あと、イジー・ビズのハスキーがかってほどよく気怠げな歌声の魅力とパフォーマンスの初々しさにもやられました。民生はムッシュのトリビュート的に「やつらの足音のバラード」で始まり(僕はうおおおっと熱くなったのだが、観客の反応は極めてにぶかった。世代的にみんな知らないのか?!、この名曲を)、「ロボッチ」、PUFFYに書いた「海へと」、それに「野ばら」と、前半~中盤にかけて奇跡的に僕の大好きな曲ばかり続けて歌ってくれたのが最高でした、自分的に。で、そのあとトータスのあのストレンジな

音響をベスポジで味わえたのもよかった!

 

あ、それからもうひとつ。終わりから載ってるタイムテーブルがめちゃめちゃ見辛かったので、来年はあれ、元に戻してほしいっす。

 

 

 

 

2017年5月18日(木)

 

新宿ピカデリーで、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』。

 

僕的には評価の高かった前作よりもいろいろグッときた。中盤でそれぞれのキャラの背景にグっと迫って、「それはいいけど物語として収集つくんかいな?」とちょい不安にさせながら、最後にしっかり話を束ねるあたり、ジェームズ・ガンさん(脚本と監督)、腕あるなぁと。いやほんと、見事なもんです。笑いながら、最後にゃ軽く感動したもんね。ミュージシャンでもあるだけあって音楽愛もビンビン伝わるし。たぶんもう一回観に行く。

 

あ、あと、ふと思ったんだけど、ガモーラって妖怪人間ベラに通じる気質(と色)があるよね。だから好きなんだな、オレ。

 

2017年5月11日(木)

 

渋谷クラブクアトロで、T字路sのワンマン。

 

なんか凄かった。いつもと違う凄さがあった。妙子さんがぶっとんでた。MCのテンションがいい意味でおかしかった。あんなに弾けて振り切ってる感じの妙子さんを見るのは初めてだ。

 

「本番の記憶がほとんどない」と妙子さん自身があとでツイートしてたけど、でしょうねって感じ。明らかに通常モードとは違うテンションにあった。クアトロのワンマンは今回が3度目だけど、客は今までで一番入ってたし(ぎゅうぎゅうだったもん)、しかも客がいい感じであれこれ声かけたりしてて、妙子さんもその全部に応えてて。最高のムード。いいライブってのは演者と客との両方によって作られるもんだけど、昨日がまさにそれ。妙子さん、こんなにいいお客さんがいっぱい入ったってことと、「信頼と実績の」ミュージシャン(西内さん、カンザスシティバンドの下田さんと上山さん、ハンバートハンバートの佐藤さん)とやれてることが、本当に本当に嬉しかったんでしょうね。

 

6人でやったり3人でやったり自分たち2人でやったりと曲ごとに編成は自在に変化。賑やかなのも楽しくていいし、でもふたりだけでも少しもパワーは落ちないし。っていう、その点もこのバンドの稀有なところ。無駄なものなどなんにもない。だからあの曲もこの曲もどの曲も素晴らしく、心に響いた。

 

1部の「まむしは眠ってる」と2部アンコールの「泪橋」を歌ってるときのタエコさんの目がカッと見開かれてて、ああ、この目だ、この目になったときのタエコさんの歌は本当にやばいんだ、って、一昨年のフジでの「泪橋」の記憶がよみがえったりしながら思ったりも。

 

篠田さんも最後、感情が溢れてる感じで、グッときちゃったな。

 

あ、あと、ギターをおいての「丸腰の」妙子さんが揺れながら歌う感じもステキでした。

 

で、そんな素晴らしいライブの翌日に嬉しい報せ。T字路s、またまたフジロック出演大決定。やったー!  バンザイ!  今度はどこのステージなんだろ。楽しみぢゃ。

 

2017年5月9日(火)


『サニーデイ・サービス presents 忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー 中野サンプラザホール Love&Peace 2017年5月9日』。


複数の出演者が清志郎の曲を歌い繋げるトリビュートイベント「忌野清志郎 ロックン・ロール・ショー」。毎年5月に開催される恒例行事だが、自分は確か初回と2回目だけ観に行って、どこか違和感を持ち、それ以降行くのをやめていた。が、思うところあって、今回久しぶりにチケット買って観に行った。SNSで先月のARABAKIの様子を知り、チャボが清志郎への思いを今はどう表現するのか、それ(だけ)を観ておきたくなったのだ。

 

今回はサニーデイ・サービスがホストバンドとして全編演奏し、1部は彼らだけでRCの『ハートのエース』を丸ごと。2部はそこにいろんなヴォーカリストが招かれてパフォーマンスするという形。呼び込まれるアーティストはみなチャボや清志郎より下の世代だ(といってもほぼ30代~40代だが)。

 

結論だけ書くと、改めて自分はこのイベントのよき観客ではないことを思い知った。いろんな人たちの歌う清志郎の歌に素直に入り込めないのだ。歌う彼らに力がないとか、そういうことではまったくない。みんなちゃんと上手いし、みんなそれぞれに強い個性があって、それぞれの思いで清志郎の曲を歌っている。それぞれのなかでの誠実さがそこにはあったと思う。が、どうしてもちょっとしたことが気になってしまうのだ。例えば、なぜその歌のそこをあと半音あげない?とか、なぜその部分をヘンに強く歌ったり粗く歌ったりする?とか、なぜそこをそんな発音と節回しで歌う? とか。なぜって、それがその人の解釈なのだから、それでいいはずなんだけど、でもどうしてもいちいち「清志郎はそこはこういう気持ちで書いたからこういうふうに歌っていたわけであって、それをそういう歌い方したら意味が違っちゃうだろ」みたいなことを思ってしまう。じゃあ、清志郎に似せてればOKなのかというと、それはそれでやはり違和感を持ってしまい…。ああ、厄介だな、おれ。ってな思いが観てる間ずっとつきまとっていた。何が正解なのかはわからないし、どういう見せ方だったら自分はもっと楽しめたり興奮できたり気持ちを重ねたりできるのか、それもよくわからないのだが、なんか違う、なんか違うんだよ、という思いだけがぐるぐるぐる。昨日もそうだったし(とりわけ「反戦」に清志郎を象徴させるのだけは本当に勘弁してほしい)、ずっと前にこのイベントを観に行ったときもそうで、だから僕は行くのをやめたんだった。

 

しかしながら、後半、チャボがひとりで登場してからの数分間だけは、まったく空気が違っていた。別物だった。アコギ一本。オーティスをバックに流し、ポエトリー・リーディングで『1992年 ある日の雑記帳から 回想録「コーヒーサイフォン」』。それは清志郎との出会いと初めての共作の思い出を綴ったもので、チャボは続けて同タイトルの「コーヒーサイフォン」を弾き語った。途中から梅津さんも参加。この数分間だ。

 

たくさんのゲストの歌を聴いていて、この人は上手いなぁ、とか、この人は華があるなぁ、とか、この人は面白いなぁ、とか、いろいろ感じはしたが、表現には心に深く入ってくるものとそうでないものとがあって、僕の心に深く入ってきたのはチャボと梅津さんのそれだけだった。それは、ベテランだからとか、清志郎の近くにいた人(たち)だからとか、そういうのも関係あるだろうけど、でもそれだけじゃない気もしている。それがなんなのかはよくわからないけど…。

 

曽我部さんが言っていた通り、みんなで清志郎の曲を歌って、聴いて、感じるということは、とても意味のあることだろう。こういうイベントで清志郎と、または清志郎の歌と出会う若い人たちもたくさんいるのだろうから、間違いなく意義がある。そしてサニーデイの演奏も素晴らしかった。

 

でも超個人的な感想として、僕はこのイベントをうまく楽しめなかった。清志郎に対する自分の思い入れの厄介さもあるけれど、もうひとつ、「ロックン・ロール・ショー」と銘打ってるわりにはなんだかずいぶん真面目にキレイにまとまっちゃってるなという印象も持った。端的に言えば、ロックン・ロール・ショーって感じがしなかった。もっと粗っぽかったり図図しかったりする人もいてもいいのに。まあ世代的な面もあるのかもしれないけど、清志郎だったらもっとめちゃめちゃやんだろな、とか思ったりもした。

 

こういうイベントを素直に楽しむのは、やっぱり僕にはちょっと難しいみたいだ。

 

2017年5月8日(月)

 

ビルボードライブ東京で萩原健一。

 

萩原健一。自分は昔からライブを追いかけて観てた人間である故(渋公の熱狂雷舞も厚年のDONJUAN LIVEもナマで観てます)、ライブがあれば毎回とりあえず観に行っている。亡くなる人も多いなか、今もこうしてたまに元気で歌ってくれるのは、それだけで嬉しい。それだけで嬉しいし、それだけで十分じゃないか……とも思うのだが、しかし相変わらず出る声は低いところと裏声だけで、中音域がほとんど出ない。低い声→裏声→低い声→裏声。この極端な行き来の繰り返しはやはり聴いてて辛い気持ちにもなってくる。出ないものは仕方がないが、だからといって全部裏声に逃げるのは、なんというか勿体ない。低い声は出るのだから、例えばボイストレーナーをつけるなどして、そこをもっと強化して歌い続けていってほしいと思ったり。

 

さておき、若いバンドをバックにして、歌うは代表曲ばかり。そんななかで、めちゃめちゃ久しぶりに「もう一度抱いて」を歌ってくれたのは嬉しかった。もんたよしのり作曲(作詞は藤真利子)のレゲエ曲にして隠れた佳曲。ライブで聴いたの、何年ぶりだろ? もしかすると30数年ぶりかも。

 

とりあえずショーケンはとても嬉しそうだった。おじさん客たちも嬉しそうだった。「Last Dance」とタイトルされてはいたが、ショーケンは前からよくこういう思わせぶりなタイトルをつけがちだし、これが最後ではないでしょう、きっと。