2018年4月2日(月)
下北沢ガーデンで、三宅伸治と仲井戸“CHABO“麗市。
清志郎の誕生日ということで、日本のあちこちで清志郎楽曲が歌われるイベントが開催された昨日4月2日。僕は下北沢ガーデンで、三宅伸治と仲井戸麗市(三宅伸治presents「第九回感謝の日」Songs for Kiyoshiro)を観た。
清志郎亡きあと、誕生月の4月と没月の5月には各地で清志郎関連イベントがいろいろ開催されていて、近年は単に清志郎をダシにしたお祭り騒ぎじゃないかと思ってしまうようなものもなかにはあったりするし、5月に毎年やってるアレにしたってチャボもけっこう複雑な気持ちで出演してるんだろうなとその胸中を察してしまいもするわけだが、しかし昨夜のガーデンのそれはそういうものとは種類の異なるものだった。チャボが清志郎に関してのイベントであんなに生き生きと嬉しそうにギターを弾いて歌っているのを僕が観たのは初めてだった。なぜならそれは清志郎を支えた三宅伸治が構成・選曲まで考えたイベントであり、数曲で出演したのは「買い物帰りにちょっと寄った」(これは冗談じゃなくて本当にそのようだった)という金子マリと、梅津・片山・渡辺・キタローらニュー・ブルーデイ・ホーンズの面々だったから。そこには有名なだけの「他者」ゲストはおらず、普通に清志郎がいる状態が想像できるメンツだけが揃った純性ライブで、これなら清志郎もフラっと歌いにおりてこれるなと、そう思えるものだったからだ。
MG'sの曲なんかがひとしきりかかってオーティス「ドック・オブ・ザ・ベイ」で客電がおちると三宅伸治とチャボのふたりが嬉しそうに(チャボはどこか照れくさそうに)登場して、両者ともアコギを抱え、互いを見る。僕はここでちょっとグラッド・オール・オヴァーを思い出した。そして1曲目に静かに演奏されたのは…「ヒッピーに捧ぐ」!。本来ヴォーカルが入るはずのところもしばらくはふたりのギターのインストゥルメンタルが続いたが、「空を引き裂いて 君がやってきて」というところで突然ふたりの歌が入り、そして「明日また楽屋で会おう」へと歌が続いていった。誰もが想像したことと思う。ここで清志郎が空を引き裂いてやってきたその状態を。つまりそれは迎える歌として機能していたわけだ。あまりにも早いがここでもう僕の涙腺が危うくなった。この日聴けてよかった曲、心のこもっていた曲はいくつもあったが、このオープナーの「ヒッピーに捧ぐ」は最も印象に残った1曲だった。
そこから「2時間35分」「ぼくとあの娘」「忙しすぎたから」など初期のRCサクセション楽曲が続き、そのあとブルージーなアレンジの「ラブ・ミー・テンダー」は別にして、「Johnny Blue」「Sweet Soul Music」、金子マリの歌う「エンジェル」、3人での「いい事ばかりはありゃしない」と電化RCになってからの初期名曲がそこに続いたのが1部だった。因みに「Sweet Soul Music」からサム&テイブの「ホールド・オン」に繋げるところで伸ちゃんはアイムカミンのあとヒーズカミンとも歌っていて、つまり「待ってろよ、清志郎が来るから」ということだなと僕は解釈。また「Johnny Blue」は古井戸のオリジナル「飲んだくれジョニー」からの続きで演奏されたのだが、ブルージーなそっちを二人で弾いてるそのときの感じがよりキマっていた。
休憩挿んで2部は「たとえばこんなラブソング」「ハイウェイのお月様」に始まり、「毎日がブランニューデイ」「激しい雨」と最後の清志郎・チャボ共作によるソロ楽曲のエレキ演奏があり、リズムボックスを加えた「ドカドカうるさいR&Rバンド」でドカーンと盛り上がって、「君が僕を知ってる」で締めた。「君僕」を筆頭に、ふたりのギター演奏のあり方は丁寧できめ細やかで本当に心がこもっていた。そしてチャボがマンドリンを弾いた「雑踏」のその音色は美しくてどこか懐かしかった。
アンコールという名の実質第3部はまずニュー・ブルーデイ・ホーンズが登場しての「スローバラード」「JUMP」「雨あがりの夜空に」。「スロバラ」はチャボも伸ちゃんも歌わず、じゃあ誰が歌ったかというと、お客さん全員で、これが感動的だった。ライブで名曲とされるバラードをお客さんが合唱するのって僕はちょっとクサい気がして引いちゃいがちなほうなんだけど、スロバラという曲は清志郎以外のどんなヴォーカリストが歌ってもどうしたって違和感が残るもので、だからそれを観客に歌わせるというのは「これはいいアイデアだ~」。しかもそこでは梅津・片山・渡辺がスロバラのあのホーンを再現しているわけで、こっちも歌ってて気持ちが入らないはずがない。「JUMP」のホーンズの音の昂揚感も「これ! これですよ」と思わされるもので最高だった。
賑やかなひとときが終わり、そのあとふたりでしっとり「約束」。さらにチャボひとりで「夜の散歩をしないかね」。ここでライブは終了。だいぶウルウルしだしていた自分の涙腺はそのあとすぐにRCの「Oh! Baby」がかかったところで決壊した。そしてスクリーンには完全復活祭でラス曲「Like a Dream」を歌う清志郎が。
初期のRCサクセションに始まり、電化RCの名曲を続けて、チャボとの共作による清志郎ソロ曲を挿みつつ、RCと清志郎の代表曲で一体感を出し、最後はしっとり。三宅伸治が選んで組み立てたというそのセットリストは実に気が利いているというか、清志郎の一番そばにいたミュージシャンとしての思いとボスを慕う者としての思いが合わさった上での構成であり、しかもファンたちの気持ちにもしっかり寄りそったものだった。三宅伸治だったからこそ組み立てられた「物語」だっただろう。
そのような構成もさることながら、やはり素晴らしかったのはふたりの演奏そのものだ。チャボも伸ちゃんも個性はあっても我は出さないギタリスト。オレ流で相手かまわず弾き倒すタイプではない(そういうギタリストも僕は好きですけど)。常に相手のプレイを見て息を合わせ、引くところは引きながらここぞというところではガッといく。そういうふたりの美学が溶け合っていた。とりわけアコギ使用のパートでは、ふたりのギターの音色がはっきりわかり、それぞれがどういうギターを弾くミュージシャンなのかが改めてわかったような気がした。ふたりとも、なんていい音のギターを弾く人なんだろう。と、改めて思えたのも昨夜のライブの素晴らしかったところだ。
それから、プレイだけでなくふたりのちょっとした言葉にも互いに対する思いと清志郎への思いが滲み出ていたのがステキだった。伸ちゃんが思わずといった感じで「やっぱりチャボさんとギター弾くのは楽しい」とつぶやいたり、「ここに(清志郎が)いる気がしますが」とつぶやいたり、「この方がいなかったら僕はギターを弾いてなかった」とチャボを紹介したり。チャボはチャボで、ハッピーバースデイをみんなで歌ったあと「そのへんから清志郎、入ってきそうだよね」と言ったり、「67歳の清志郎、見たかったね」と言ったり、何より伸ちゃんを紹介する際に「RCが終わってから、ずっと清志郎を支えてたんだ」と言ったり(こういうあたたかすぎる言葉を言うんだよ、チャボは。言われたほうはどんなに嬉しいか)。そして僕らRC好き・清志郎好きは、そういう言葉にいちいちグッときちゃうわけで……。
三宅伸治のボスへの「感謝の日」は、この夜はチャボへの感謝の日にもなり、またチャボから伸ちゃんへの感謝の日にもなって、何より僕たちからあなたたちへの感謝の日となったのでした。










