小説にしてもドラマシナリオにしても、「必要最小限」の文で伝えたい、というのが自分の望み。
ドラマの視聴者として「そんなに何でもかんでもしゃべって教えてくれなくても」、小説の読者として「背景の時代や法律等の説明が長すぎて本筋が頭に入ってこない」、と思うことが多々あったからで。
つまりは、登場人物が誰かを一目見るその色気とか、大事な人からもらった何かを大切にするとか、そんなことでその人物の気持ちは視聴者に伝わる。やたらにセリフで説明しなくても。というより、ドラマなら絵面でわかるように書かれているものが好き。
小説なら、時代背景やムツカシイ法律等は、どれだけ登場人物の視点で使えるかにかかっている……と自分は思っている。それがその人物の行動や感情の邪魔にならないラインかな、と。
でも、ならばどれだけ文章を削ることができるだろうか、と小説を書くたびに思う。
削り過ぎると視聴者や読者に通じない。
昔自分で書いたものを例に取ると、ラストに主人公が定期入れを落とす、というシーンを入れた。そこには大事に誰だかの写真が入っていた。どんなストーリーだったのかはきれいさっぱり忘れてしまったが、主人公はラストまでずっとその人物を大切に思っていた……ということを表したかったのは覚えている。
それを、わざとらしく定期入れをクローズアップするとか、落ちた定期入れには○さんの写真が入っていた、とか。そんな風に直接的には書きたくなくて、さんざん悩んだのである。
結局、何かが落ちて鈴の音が響いた。主人公がそれを慌てて拾った。
と、ただそれだけの描写にした。
これが、後から自分で読んでみたら、全く何が何やら。何を落としたのか、それがどうした、だから何、と意味不明。ならばその一文、要りますか、とまで思った。
そんな風に削り過ぎて読み取らせることができなければ、ただの不親切な言葉足らずの下手くそな文章でしかない。
この加減が難しくて、それからウン十年経った今でも書くたびに迷う。
感情をどこまで言葉にするべきか。背景や物事をどれだけ説明するべきか。
どこまで書くべきか、どこまで書かないべきか。
たくさん調べたらその知識を目一杯書いてしまいたくもなるし、でもそれがストーリーの進行を止めるようなこともある。
感情については、直接的な思いをべんべんと述べると逆に裏を疑われないだろうか(これはひねくれた自分の性格)、とかも思う。
最低限の描写や説明で見事に伝わることを夢見ている割に、いまだ書き過ぎたり書き足りなかったり。
どの辺りが正解なのか、いつもいつも手探りです。
(了)
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