♯夫婦カルマ | 光珠の煕・運命學姓名判断学とは”多様な価値観を大切にしたい” ”希望”がコンセプト

光珠の煕・運命學姓名判断学とは”多様な価値観を大切にしたい” ”希望”がコンセプト

(氏名)使命!潜在意識!思考!を再設定し第2の人生を”希望”!
令和5年8月創設 
光珠の煕は光(感情)、珠(魂:精神) 光珠3煕(肉体)自然循環の理を現す。

潜在意識・思考の重要性、量子力学の観点から
この姓名判断学の神髄をお伝えしたいのです。

夫婦カルマ

私は離婚を2回しています。
今の時代、離婚なんてめずらしくもありませんが・・

よく巷では「結婚は墓場だよ」とそういわれますが
私から言えば「結婚は修行の場」と言い換えたいです。

全く育った環境が違う人間同士が

四六時中一緒に行動を共にするわけですから

まぁ、仕事の関係とかその他諸々でまるっきり1日中一緒というわけではなく
共に生きると決めて結婚したはずですが、そもそも魂の本質が少し違うわけで

女性と男性という脳の使い方や習慣習性自体が違うのですから・・。

 

自己主張の強い女性程衝突はやむを得ない・・そういう見方をする人の話を聞くこともありますが

そもそもが自己主張の強い女性が悪いわけではなく
男性も悪いわけでもなく
夫婦での学びに終わりが来た・・ただそれだけ。

私は、1度目は20歳で結婚、2人の男の子を出産。優しい人でいたが○○○○者モワハラ夫でした。
2度目は離婚訴訟をされていた方でした。お付き合いが長かったのですが、養母の死去後再婚。2年もたたない間に離婚しその後半年に永眠されました。

この2度目の再婚時期、私はいろいろな自己投資をしてしまい失敗(自己破産寸前)しました。また、私が丁度主人のご先祖様ご供養をしていた時でもありました。なので、ここでまた不可思議な事を言い出すといろいろと面倒なのであえて言いませんが、いろいろな現象を得て主人に迷惑をかける前に離婚しました。

人は、自分が信じられるもの・・

つまり、自分にはみえないものの存在に対してや

自分自身が認めたくない、不可解なことや触れたくない領域だと察知すると
必ず”否定”から入られ、その後”批判”し出すのが人間の性というか、

だれもが持っているものだし、そういう私もそうだしで、

触れない方がいいので話しません。

 

で、何が言いたいかというと

夫婦こそ学び相手ですから

自分のあわせ鏡の相手であるといえるのですよね・・。

 

そしてその落ち切った時の私と結婚したお相手が今の主人になります。

その主人とは毎日夫婦劇場を繰り返していますが(笑)

私を根底から支えてくれた人です。

借金も頑張って貯蓄して、無論夫の協力もありましたが、

ほぼ全額主人に返しました。

 

夫婦でお金の貸し借り?

と思われるかもしれませんが

夫婦でもお金は借りたら返すのが基本だと思っています。

でもその中でこれは別、ここは別・・ということで

ちゃんと区分けをするのが良いのかと思っています。(^^)

お金の管理ができないと

生活自体がぐずぐずになります。

生活管理が基本的にできないと、何をしても達成できないからです。

 

私は主人には義では義を

人情では人情で返す・・
夫婦であってもそういう所は大事にすべきことだと過去からの教訓から学んだのです。

 

今の主人とは、
歳の差は22歳離れていますが、

誰にでも出来ないことが出来る人で

誰にでもできることが出来ない人でもあります。

でも一番は、主人の魂の本質を知った時に、

窮地に陥った時にこそその人なりの真価がでるので

その本質、魂というかそういうものが、とても輝いている人であり

根底に”優しさ”が根っからみについている人そのものの人です。

私の過去を全部話をし、

こういう事を書いて後で知られるよりも
先に全部話をしたかったので知っています。

負のときの私のことも

よきかな私のことも・・です。

夫婦生活においては日々の生活ですから、
細かなことを言えば沢山ありますし
それだけではすまないなんちゃって人生劇場もあるわけで
(私がまた這い上がるまでに私の総てを見ているので大変だったと思う・・・)
感謝に尽きないのです。

・・・と、

ここまでダラダラと・・書いてしまった!
何が言いたかったのかというと
 

夫婦カルマでしたね・・💦

 

ようは

どんな相手であれ

貴方は自分の中のあなた自身と結婚した

それが結婚相手であるということ

 

合わせ鏡なので

全く似ていないのではなく

自分が嫌いな部分を持つ相手は

それが自分の中にあるのです。

 

これがもし暴力をする暴君だとしたら

これは過去世調査をする必要がありますが(魂のクリアリングという技術がある)
そういう場合は速攻逃げたほうが正解です。
 

こういう場合も学びの相手ではありますが

命を脅かされる場合がありますので離れるべきです。

 

本当にその人を愛しているというか

本当に大切にしているのであれば

 

絶対に相手を暴力という手段は使えません。

 

私は以前ケアマネの仕事をしており

福祉の仕事をしている関係上
夫婦での暴力沙汰には出逢ったことはありませんが

子が親に暴力を振るっている家庭に訪問したことがあります。

言葉の暴力も
力任せの暴力も

同じ暴力ではありません。

 

力任せの暴力は明らかに相手を殺してしまいます。
言葉による暴力で自殺してしまう人もいますが・・

 

そういうひとはすぐにでも

自分が住まう市役所に行って、

社会福祉課へ相談してみましょう。

そうしたけど駄目だったとか

そのような事があった際には

「シェルター」という場所へ行くのも一つの手です。
ただし

身の安全を確保されるのが緊急な場合においてです。

 

これを見ている人の中でそのような方がいましたら

まずは自分の置かれている環境に関して

・とりあえずあなたがその場所で過ごせる安全性はあるか?

・今自分がいる場所に緊急性はあるか?

・考えて調べてから準備行動するだけの時間や余裕はあるか?
・守るべき存在(子供等)に危害が加われていないか?
を自問自答し
自問自答しないほど困窮しているようであれば

その日からもう二度と家に帰れる覚悟よりも
もうその場所から離れる覚悟で社会福祉課へ相談に行って下さい。

そういう夫婦カルマもありますから

あなたの”生命”程尊いものはないのですから

あなた自身が

あなた自身の手で

あなたの”命”を守りましょう!

その方が

相手の”命”を守れるのです。
あなたには
お相手の”命”をまもることはできません。

でもあなたは、あなた自身の”命”、貴方が守りたい”命”は守れるはずです。

あなたが貴方を守らないで、一体誰が貴方を守れるのでしょうか?

 

全てはあなたからです。

あなたからだということに気が付きましょう!

 

この夫婦カルマというものを書いている間に

自然とこんなふうに書いてしまったので

 

きっと

どこかで泣いている方がいるはずです。