おかじゅんです。
こんなところにポツンと一軒家のテレビ番組ご覧になって事がありますか?
お住まいになられてる方々の家族の話で展開されます。
生きてこられ、築きあげられた人生と共に過ごした一軒家のお話
ドラマがあってすごく好きです。
また、それとは別に
住んでいる大阪から離れて旅先で 車窓から見かける家々にも同じように思いを馳せます。
いつもどんな方が住まわれているんだろう と想像するのです。
それぞれ家族の生活があるんだなあ
と感じていました。
私は過去 父に、父から受けた事、
また、してもらえなかった事を
泣きながら訴えたことがあります
自分の心の辛さを訴えたことがあります。
それに対して父の答えは
東日本大震災で多くの人が無くなって家もない、家族もない状況なのに
なにをいっているのだ!
と一喝されたのです。
まとの外れた返答と
どなり声と暴力に
何も言えない私がいました。
私の播いた種はどんな種だったのか。。と苦しむ私がいました。
いつまでも、詫びる言葉を期待する私が居てるから 辛いのか
もっと もっと 前 私の若い時代
私の人生に父は存在しませんでした(私が私の心の中に父が住む事を拒否していました)
それが、母が亡くなってから、父の存在を無視することが出来なくなったのです。
身の回りの世話がどうしても必要だと思ったから、無視することが出来なくなったのです。
そして、光静先生との仏教を学ぶうちに
自分の命の始まりである、父を無視する事が出来なくなったのです。
自分の心をみつめていくと
父の事を無いものには出来なくなりました。
そして それは
いつまでも、父から詫びる言葉を期待する私が居てるから 辛いのか
いつまでも、父から優しい言葉を期待する私が居てるから 辛いのか
いつまでも、父親らしい言葉を期待する私が居てるから 辛いのか
わからないものでした。
仏教は過去を問わない。 と学んでいます。
しかし
過去の父は私の中で問題ではないと
すっきりとした顔で 父に優しい言葉を掛ける自信はありません。
そうしなければと思う私が
苦しいのです。
私が私を苦しめるのです。
先生のブログは
ブラックホールにご用心!大事な4つの教え - 一番短いお説法
https://yaplog.jp/takimotokousei/archive/1523

